世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年5月22日

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 北朝鮮の金正恩は4月11以降、公の場に姿を現さず、特に金日成生誕記念の行事に出てこなかったことは、重篤説や死亡説などの憶測を呼んだ。5月2日に北朝鮮の朝鮮中央テレビが、金正恩が前日に平安南道順川の肥料工場竣工式に出席した映像を流したことで、金正恩の健康不安説や重篤説、死亡説は当面決着がついた。しかし、その直後の5月3日の朝、北は非武装地帯の鉄原付近の韓国軍の前方監視所に銃弾を撃ち込んだ。韓国軍は14.5ミリ機関銃(高射銃)による銃撃だったと説明している。韓国軍は対抗して20発の警告射撃を行った。

Duminda Cooray/iStock / Getty Images Plus

 他方、韓国軍・政府はこの事件につき「偶発的な銃撃の可能性が高い」と述べ、事件を軽く扱おうとする姿勢を見せた。5月5日付けの韓国の英字紙Korea Heraldの社説‘North’s shooting after Kim’s reappearance may portend further provocative acts’は、偶発的な銃撃だったと結論するのは早すぎると政府を批判している。また、朝鮮日報も5月6日掲載の社説で、政府が北を擁護するのには何か理由があるのかと批判している。銃弾を撃ち込まれ、その説明を求めたのに対し北から何の回答もない中、文在寅政権がそれを偶発だと言うのは批判されても仕方ないであろう。

 更に、上記Korea Herald社説は、「銃撃を偶然のものだったと結論するには早すぎる。北は何の声明も出していないのだ。北は韓国が南北連絡チャネルを通じて説明を求めたのに対して未だ回答してきていない。北の動機はいずれ今後その行動により明らかになるだろう」と書き、今回の銃撃事件は今後の更なる挑発の前兆かもしれないと示唆する。その可能性は大いにあり得る。金正恩にとっては、現状は必ずしも悪い状況ではないと思われる。トランプとの間で一定の共存関係の維持を通じて体制生存へのリスクを最小化し、現有する核は事実上温存し、その間に核など軍事力の発展を達成する。同時に国内引き締めのために南北関係については一定の緊張を維持することが必要となる。これが金正恩の今の戦略であろう。ただし、そこで最大のリスクとして残るのは経済である。それには制裁が関係し、新型コロナウイルス対応の影響もある。そしてもう一つの不確定要素は金正恩が望むようにトランプが再選されるかどうかである。

 金正恩は何故3週間も隠れていたのか。①コロナウイルス感染を逃れようとした(警護要員が感染したとの説もある)、②何らかの医学的施療を受けたが、それは成功した、③トランプなど国際社会の注意を引くためにも隠れたことは好都合だった、との見方がある。韓国国国家情報院は、金正恩は健康で、手術も受けておらず、国政運営に当たっていたと言う。しかし、過去3週間の事態は何か異常だったと言わざるを得ず、体重超過等の健康状況や妹の金与正の最近の昇格や労働新聞の報道などを考えると、全て正常だとして片付けるわけにはいかないのではないか。やはり今後とも注視し、種々のシナリオを考えておく必要があろう。ここ数週間、韓国では多くの重篤説や死亡説、後継者論等が広まったが、政府は一貫して金正恩健康説を維持した。結果的には政府の見方の通りになった。脱北者で先の総選挙で保守野党から出馬し、当選した太永浩、池成浩は特に当選後に異変説を強めていた。

 指導者が情報を厳しく統制すれば北の政府幹部といえども内情を正確に知ることは極めて難しいといわれる。しかし、情報を集め、分析し、一定の予測を立てることは重要である。複数のシナリオがあれば、予測が当たるかどうかは二義的と言っても過言ではない。なお、金正恩が再登場した後も、肥料工場竣工式に出席し手を挙げる金正恩の写真を見て、右手首に手術痕のような斑点があることに注目(以前の写真にはない)、医学上の問題があったとする見方も出ている。金正恩の健康や動静は今後も注視される。

  
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