世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年3月25日

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 3月3日付のフォーリン・アフェアーズ誌のサイトで、米シンクタンクCSISのスー・ミー・テリー上席研究員が、新型ウイルス問題で金正恩委員長は最大の試練に直面している、この問題で同人の権力基盤が揺らぎ、銃殺や投獄では対処できない敵対者に間もなく直面することになる可能性があると述べている。

Ahmed Zaggoudi/iStock / Getty Images Plus

 テリーは元CIAやNSCに勤務してきた朝鮮半島の専門家である。新型コロナウイルスの問題は経済への打撃を通じて、党、軍、情報機関のエリートたちの支持に依存する金正恩の権力基盤を揺るがすと言う。主な議論として、(1)ウイルスに対する北朝鮮の準備体制は極めて脆弱(中韓との長い国境線、不備で劣悪な医療保健体制等)、(2)北朝鮮は今後サイバー犯罪の拡大、制裁解除を狙って核交渉姿勢の軟化等に出る可能性がある、住民の大量海外流出は最悪のシナリオ、(3)それでも政権崩壊の可能性は少ない、北朝鮮は1990年代の大量餓死を乗り切った経験を持つ、しかし金正恩は銃殺、投獄などでは対処できない敵対者に間もなく直面することになるかもしれないと指摘する。

 感染ゼロとの北朝鮮の主張にも拘わらず、北朝鮮の正確な状況は分からない。正確と思われることは、(1)1 月下旬から国境閉鎖など極めて厳しい国境措置を実施していること、(2)外交官など外国人を含む約9000人が隔離されてきていること(但し隔離を解かれた一部外交官約60人は9 日高麗航空特別機でウラジオストックに出国した)、(3)金正恩は危機意識を持っていること(別途韓国情報機関によれば金正恩は「相当長い間」に亘って感染の可能性の高い平壌におらず、最近は元山に滞在しているという)位であろう。金正恩の危機感は容易に想像しうる。ウイルスというのは独裁者が最も苦手とする脅威かもしれない。他方、軍を含む死者が出ているなど種々の未確認情報が出回っている。

 最悪の場合、北朝鮮は大きな人道危機に直面する、あるいは大きな政治転換の時になる可能性さえあり得る。あらゆる可能性に備え、考えておく必要がある。

 3月4日、北朝鮮の金正恩委員長から韓国の文在寅大統領に親書が届いた。「韓国がウイルスに必ず勝ち抜けると信じている。南の同胞の大切な健康が守られることを祈る」等と述べているという。文在寅は5日に謝意の返書を送った。不思議な親書のやり取りである。特に前日の3月3日には、2日の北朝鮮のミサイル発射を非難する文在寅政権に対して、金与正が「青瓦台の低能な考え」などと口汚い非難を浴びせていた。金正恩の意図を推測すれば、ウイルスが拡大しているので南北関係による支援の糸を繋いでおきたいと考えているのかもしれない。なお、ロシア外務省によれば、北朝鮮からウイルス検査キットの支援要請があったという。文在寅は「3・1」演説で南北間保健協力を提案したが、韓国国内には文在寅政権のウイルス対応に強い批判があり、北朝鮮への支援には根強い反対がある。北朝鮮の親書は文在寅政権を喜ばせているかもしれないが、「青瓦台は金正恩兄妹に飼い慣らされている」と文政権を批判する社説も出ている。

 北朝鮮は3月2日、元山付近から日本海に向けて短距離ミサイル2発を発射し、その後 9日に再び2発のミサイルを発射した。米朝交渉の停滞やウイルス問題を背景に、完全な国際的孤立からは脱出しておきたい、同時に軍の引き締めをしたいとの意図があったのではないか。なお、5日に国連安保理は緊急に会合を開き、英、仏、独、ベルギー、エストニアが「安保理決議に明らかに違反している」と北朝鮮を非難する共同声明を発表した。評価されることである。

  
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