移動目標攻撃の高いハードル
移動目標を攻撃するのに最も適しているのは、戦闘攻撃機とJDAM(GPS誘導弾)やSDB(小直径爆弾)のような精密誘導弾の組み合わせであり、実際米空軍の対地攻撃部隊はこのような兵装を主力としている。しかし留意すべきなのは、湾岸戦争にしろ、イラク戦争にしろ、米軍は移動式ミサイルに対する攻撃作戦を行う前に、イラク軍の防空システムを破壊し、圧倒的な航空優勢を確立していたという点である。つまり、中国のように強固な防空システムを備える相手に対しては、まずこれらを排除することがハードルとなる。
敵地で移動式ミサイルへの攻撃を効果的に行うためには、①地上の移動目標を探知・追跡するための情報・監視・偵察(ISR)能力、②敵の防空網の制圧能力、③接近した精密攻撃能力の3要素が全て必要になる。
ISRについていえば、内閣府の情報収集衛星は、移動するミサイルのおおよその位置を把握し、初期のターゲティングを行うのに有効だろう。しかし、今後計画通り10基の情報収集衛星コンステレーションが構築されても、撮像頻度の関係上、現場の画像が入手できるのは数時間後であり、移動目標を攻撃するのに必要なリアルタイムのターゲティング情報を取得することはできない。
ISR能力の不足を補い、移動目標を24時間リアルタイムで追跡するためには長時間滞空が可能な無人偵察機が必要だ。しかし、航空自衛隊が取得中のグローバル・ホークには動画中継機能は付与されておらず、移動目標の追尾能力は限定的である。また、敵の防空システムの射程外からでは遮蔽物が多く、北朝鮮の山間に潜む移動式ランチャーを発見することは困難だろう。イラク戦争の事例を参考にすると、米軍はグローバル・ホークの他に、より低い高度を飛ぶことのできる無人機RQ-1プレデターを7機投入している。プレデターの後継機であるMQ-9リーパーや非武装型機であるガーディアンは、衛星画像や動画の伝送ができるという点で、ダイナミック・ターゲティングには適しており、これらを新規調達するという方法はありうるだろう。イラク戦争では、無人機に加えてE-8Joint STARSと呼ばれる有人機も7機投入されている。E-8 Joint STARSは昼夜を問わず、地上の移動目標をリアルタイムで追尾できる能力を持つが、1機あたり2億4440万ドル(約325億円)と非常に高額である。
敵の移動式ミサイルを捕捉してすばやく攻撃するためには、偵察機や攻撃機が敵地上空で常時滞空し、対地攻撃に専念できる状況を作らなければならない。そのためには、事前に敵の防空網を制圧する必要がある。防空網制圧の第1段階は、地上に隠れている敵の防空レーダーの正確な位置を特定することから始まる。これには攻撃機や輸送機などから投下される空中発射型デコイ(囮)が用いられる。空中発射型デコイは、ミサイルや戦闘機の電子的な特徴を模擬することができ、敵のレーダーがレーダー波を照射せざるをえない状況を作り出すことができる。これを頼りに、第2段階で味方の攻撃機が対レーダーミサイルと呼ばれる電波の発信源に向かって誘導される特殊なミサイルを発射し、敵の防空システムを破壊するのである。