毎日のように、上司とぶつかっていた
依田は96年に入社し、その直後、同社のマッサージチェア『リアルプロ』シリーズの設計の現場へと配属された。生活家電の設計部署は、まさに希望通りの配属先だったため、彼はそのあと訪れる苦悩の日々などまったく想像できず、満面の笑みで配属先へと向かった。
最初はマッサージチェアをリクライニングさせるパーツなど、マッサージチェアの一部分を設計する仕事をし、強度計算なども担当した。マッサージチェアは、椅子の中でも「もむ」「たたく」「リクライニングする」という機械的な特徴を持っているため、強度計算が重要であった。当然、ゆったりとした座り心地も必要だし、同時に、家の中に運び入れることも考慮する必要があるため、大きさや重さの制約があった。そこで、コンピューターなどで構造計算を繰り返し、設計を進めた。
そして、先輩に頼まれた部品を設計し、課長のところへ持って行くわけだが……彼は何度提出をしても、課長に「やり直し」の一言で突き返されてしまった。
「耐久性などを示す数値は“これなら大丈夫”と言えるものが間違いなく出ているのです。なのに、なぜかOKが貰えない。“どうしてダメなんですか!?”と……実は毎日のようにやりあっていました」
“周りを見てみろ”の一言が、
依田をデキる社員に変えた
普段は暖かい上司だった。しかし、彼が提出してきた図面にだけは手厳しい。“なぜダメなんですか”と依田が言い合う姿は、他の部署からも見え、なかば部署の名物のようになっていたという。
だが、ある日、上司がヒントをくれた。“周りをよく見てみろ”という、ごく単純な一言だったが、これが、依田にとっては仕事人生を変えるきっかけになる言葉だった。
「それから、意識的に、周囲の先輩の仕事ぶりを観察するようになったんです。そして、先輩が課長に部品の設計図を持って行くところを後ろからさりげなく見た時、私は気付きました。家庭の電化製品って、思わぬ使い方をされることがありますよね。例えばマッサージチェアなら、子供が椅子の上でジャンプする場合もあるかもしれませんし、量販店さんに置かれた見本なら、半日、1日、ずっと動いている場合もあります。先輩たちはありとあらゆる状況を想定し、例えば“子供が飛び乗っても大丈夫”とか“過去、同じ強度で設計しているが問題はなかった”などと、机上の計算だけではなく、現場を想定したうえで報告をしていたのです」
課長は、ただダメ出しをするだけでなく、一年目の依田に“自分で気付き、状況を打開する”ことの大切さを教えようとしていたのだ。その後、依田が「考えられる状況をすべて想定して計算してきました」と前置きし、「この耐久性なら~」と説明すると、課長はにっこり笑って彼が設計した部品にOKを出してくれたと言う。
≪POINT≫
上記の話を読み、なぜ、課長はもっと早く“周りを見ろ”という答えを示さなかったのか、と疑問に思った方も多いかもしれない。だが、もしも依田が“何でも教わればいい”“上司や先輩に教わったことをやることが仕事”と考えるようになってしまったら、社業は発展しなくなってしまう。
実際に依田は、教わったままのことをせず、自分の頭で必要なことを考え、実行する社員になった。だからこそ、お客様の家を訪ね、浴室に入ることまでする開発者になれたのだ。