Aは小学校4年生から不登校になり、自宅にこもって、学びから遁走を続けていました。Aが再び学校へ行くようになったのは、高校(単位制)に入学した春からです。
そんなAが子ども館にやってきたのは、中学2年生の時でした。ゲーム三昧に明け暮れていたためか、バーチャルな世界と現実のリアルな世界の区別がつかない境界線を彷徨い、当時のAの言動は、現実離れしていたことが今でも忘れることができません。
あれから4年。「来春は大学を受験して、心理学を勉強したい」という、目標を持つところまで辿り着いたのです。
「勉強しなさい」から逃げるために
あえて塾へ通っていた
「勉強しなさい」
Aが不登校になった理由はさまざまです。しかし、この言葉が決定的だったということがわかったのは、Aが子ども館にやってきてしばらくしてからのことでした。
Aはある日私に、家族からの「勉強しなさい」のコールから逃れるために、「あえて塾へ通っていた」ことを告白したのです。
一合の升に一升の水を注げば溢れることは誰にでもわかることです。しかし、それを知らない大人に育てられ、Aは沈没してしまったのでしょう。
「早く芽を出せ柿の種」とばかりに、Aは叱咤激励されて学校での授業の他にも塾での猛勉強にも耐えてひた走っていました。しかし、とうとうオーバーヒートして、子ども館へ駈け込んで来たのです。
人間不信、大人不信のるつぼ
「誉めてあげれば子どもは明るい子に育つ」
「愛してあげれば子どもは人を愛することを学ぶ」
「認めてあげれば子どもは自分が好きになる」
「見つめてあげれば子どもは頑張り屋になる」
『子どもが育つ魔法の言葉』(PHP社)の著書があるドロシー・ロー・ノルカ氏はこう述べています。
Aはノルカ氏の言う教育と真逆の育てられ方なかで、「臥薪嘗胆」とも言える辛苦の人生を歩いてきたのでしょう。