しかし、報道されていたような4000億ドルの投資といった数字やキーシュ島の文字は一切ない。中国との密約について国内メディアから問われたイラン外務報道官は「否定するのもばかばかしい」と一蹴している。
率直に言って、筆者を含めた多くのイラン・ウォッチャーの感想を総合すると、この計画(案)自体は、広範な分野でのさまざまな協力や努力目標を羅列した、ざっくりとした〝バスケット〟以上のものではない。旧知のイラン・インターナショナル幹部に言わせれば「MOU(覚書)ですらない」との評価だ。個々の協力を実行に移していくには、それぞれより詳細な合意を結ぶ必要があるだろう。
もちろん、火のないところに煙は立たず、秘密の裏合意が進められている可能性はゼロではない。しかし、腐ってもペルシャ商人。イラン人にとってリゾートとしても人気の高いキーシュ島の貸与や、外国勢力の侵入を忌み嫌うイランが多数の中国兵の駐留などを認めたりするだろうか。
イランが目を向けているのは、中国だけではない。ロシアについても、18年5月にはロシアが主導するユーラシア経済連合(EAEU)との自由貿易協定に暫定署名しており、今年7月21日には、ザリーフ外相がモスクワを訪問し、新たな長期的かつ包括的な戦略合意の締結を目指していると発表している。
軍事面でも、20年10月に期限を迎える武器禁輸の延長議論で、イランを有望な武器市場と見るロシアは戦略的なパートナーである。また、昨年末には、イラン・ロシア・中国の3カ国による初めての共同海上軍事演習をオマーン湾にて実施している。
さらに、米国の「最大限の圧力」に押し出される形で、6月には、南米ベネズエラへガソリンを輸出し、アメリカの裏庭にまで触手を伸ばしている。
このようにイランは、米大統領選挙の結果、バイデンが大統領になろうと、トランプが2期目に突入しようと続く米国との対峙に備え、自らの手札を増やし、より強い立場で臨めるように環境整備を図っている。中国が(西側の代替となる)「ワイルドカード」となるかは分からないが、25カ年計画のような大きな枠組みを打ち上げて進めている、またはそのふりをしておくことは悪くない手であろう。
一方で、バイデンの可能性も想定し、もはやスケルトンと言われようが、JCPOAの骨組みだけでも維持しておくことも、イランにとって有益だと考えているだろう。また、先のイラン・インターナショナル幹部は、これらが「表の交渉カード」とすれば、代理勢力を使って中東情勢をかき回し、地域の緊張を高めることも、「裏のカード」としてイランは常に懐に入れていると指摘する。
「西でも東でもなく、イスラム共和国」を標榜したイスラム革命から40年以上。イランの生き残り戦略が奏功するか、目が離せない日々が続く。
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■宇宙が戦場になる日
PART 01 月は尖閣、火星はスカボロー礁 国際宇宙秩序狙う中国の野望
PART 02 遠のく米中の背中 ロシアの生き残り戦略
CHRONOLOGY 新たな文明を切り拓くカギ 各国の宇宙開発競争の歴史と未来
PART 03 盛り上がる宇宙ビジネス 日本企業はチャンスをつかめ
COLUMN 地上と同様、宇宙空間でも衛星を狙うサイバー攻撃
INTERVIEW 「宇宙」を知ることで「地球」を知る 山崎直子(宇宙飛行士)
PART 04 守るべき宇宙の平和 日本と米国はもっと協力できる
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