5月28日に閉幕した全国人民代表大会(全人代、中国の国会に相当)は、香港における国家安全を維持するために必要な、立法と法執行メカニズムの確立に着手することを「決定」した。いわゆる「香港国家安全法」の立法を「決定」した。
香港が中国に返還された1997年7月以来、歴代の共産党指導部は、香港での分離独立や反政府活動、外国勢力の浸透活動などを取り締まる国家安全に関する立法を香港立法府に求めていた。香港基本法では、第23条に国家安全に関する立法を明記していたが、香港社会は、返還後の23年間、それに反対してきた。「決定」とは、香港の立法府ができないのであれば中央が直々に立法する、という習近平指導部の意思表明である。
そもそも「香港国家安全法」の立法は技術的にも難易度は高い。同法は英国統治下にあった香港のコモン・ローと中国法を丁寧につなぐ必要があるからである。実際に指導部は、「決定」の発表までに、周到な準備を積み重ねてきたようである。
2019年10月に開催された共産党の会議では、憲法と基本法に厳格に従って香港とマカオに対する管理と統治を行い、長期的な繁栄と安定を維持するために、国家安全に必要な立法と法執行メカニズムを確立し、整える必要性を確認していた。指導部は、遅くともこの時までに、「香港国家安全法」の立法を決断していたはずだ。
そして20年1月に指導部は、中央政府である国務院の香港での出先機関である中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)、そして翌2月に国務院香港マカオ事務弁公室(港澳弁)の人事を行った。「中連弁」は共産党中央香港工作委員会でもあり、「港澳弁」は共産党の対香港マカオ政策の調整機関である共産党中央港澳工作指導小組の事務機構でもある。指導部は、この2つの人事を通じて、共産党と国家の対香港政策にかかわる中枢機関の改組と政策執行力の強化を図ったのだろう。
こうした準備を終えた後、指導部は新しい対香港政策を発表したのである。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、全人代の開催は3月から5月下旬に延期された。感染拡大が、「決定」のタイミングにどのように影響をしたのかは定かではない。しかし、予定どおり3月に全人代が開催され、もし「決定」が採択された後に習近平国家主席が訪日していたら、それは大きな日中外交の争点になっていたはずだ。