From NY

2020年10月28日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

異人種間の交際は禁止

 ジェニーに何と答えたのか覚えていない。記憶にあるのは、彼女が最後に恍惚とした表情を浮かべて、両手でぐるりと円を描いてこう言ったことである。

 「この学校にいるとね、神様がすぐここにいらっしゃるのがわかるの!!」

 ジェニーの薄茶色の瞳が何もない空間を見つめているのが、とても怖かった。

 こりゃまずい。そもそもクリスチャンではない私には、とても歯が立たない場所だと子供なりに理解した。この高校だけは無理です。そう伝えると、田中氏はもんのすごく不機嫌になったが、他の高校を紹介することに同意してくれた。

 後に調べるとこのボブ・ジョーンズ大学は、人種差別で悪名高いところだった。

 創立以来、黒人の生徒の入学を許可していなかったため、連邦国税庁から教育機関としての税金優遇対象からはずすと脅され、しぶしぶ黒人の受け入れを始めたのが1971年。だがそれから5年間は、黒人は既婚者のカップルのみ入学許可してきた。奇妙な校則だがその理由は、学校内で異人種間の交際を禁じていたためである。この異人種間の交際禁止という校則はなんと2004年まで続いた。当時の筆者がここに入学していたら、当然白人のボーイフレンドなどできなかっただろうし、万が一アジア人以外の彼氏を作ったら退学になっていたわけである。

 これがアパルトヘイト制度下の南アフリカ共和国でもなく、ナチ政権当時のドイツのことでもなく、近代のアメリカ南部の現実だった(ついでに言うと、キャンパス内でのロック音楽禁止は現在もまだ続いているらしい)。

 考えてみれば白人と日本人の混血だったジェニー自身、学校のポリシーに反する罪の象徴の存在だったはずである。もう一度彼女に会うことができるのなら、それをどう受け止めていたのか聞いてみたかった。信仰と人種偏見が、どう両立するのかも校長に聞いてみたかった。

 そもそもこんなところに日本人留学生を紹介しようとした田中氏も、どのくらい南部の保守的な校風を理解していたのだろうか。

 さて危ういところでボブ・ジョーンズを抜け出し、筆者はそこまで過激ではないノースカロライナの田舎の小さなサザンバプティスト派の高校に入学した。一番近くにある都市は車で30分ほどのウィンストン・セーラムで、市の名前からもわかるように周辺はタバコ畑だらけ。あとは目に付くのは教会がやたらと多いことだった。

 ここでも、びっくりすることの連続だった。

(パート2に続く)

  
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