3月から4月にかけて、COVID-19の感染被害の中心地となったニューヨーク。だがクオモ州知事らの必死の訴えかけに州民たちが応え、ここ1カ月ほどはアメリカ全土の中でも日々の感染者数がもっとも低い州の一つになった。
7月20日からニューヨーク市内では社会活動規制も第四段階へと進み、小売業に加えて、植物園、動物園などは一定の人数制限を設けて経営再開。レストランの室内サービスはまだ見合わせているが、屋外テーブルでの飲食が可能となり、許可申請したレストランは歩道や、臨時の柵を作った車道にテーブルと椅子を並べている。一時はゴーストタウン化した街並みに、人々の姿が戻りつつある。観光客らしき姿も、少しずつ目にするようになってきた。
とはいえ、過去数カ月の経済活動停止が残した爪痕は否定できない。ニューヨークタイムズ紙は、現在まだニューヨーカーのおよそ40%が市外に出ていると報道した。筆者の知人たちも、経済的に余裕のある人々はロングアイランドのハンプトン、ニューヨーク州の避暑地キャッツキルなど、郊外の別荘に4月から行ったきりである。
またこの数カ月間のロックアウトに耐え切れずに、閉店したビジネスオーナーも少なくない。いずれ市内のレストランの20%は閉店に追い込まれるだろうという予想もある。
このところ好景気が続いて高騰を続けてきたニューヨークの不動産は、このCOVID-19の影響でどのようになっているのだろうか。
ニューヨークの大手不動産会社Corcoranに所属する、ブローカーのサンティアゴ・スティール氏に話を聞いた。
よりリーズナブルな家賃を求めて移動する市民たち
「現在のニューヨークは、これまでになかったほど空き物件が多いです。特にグリニッジビレッジ、チェルシーなど、家賃が高い割には部屋が狭いアパートに住んでいた人たちは一時的に実家に戻ったり、もっと家賃の安い郊外に移ったりしています」
ニューヨークのアパートメント賃貸契約は普通1年単位で行われ、中途解約すると入居時のデポジット、1カ月分の家賃を罰金として家主に取られることになる。だがパンデミックがはじまってから、ニューヨークでは中途解約の罰金が一時的に免除されることになった。そのためテレワークで高い家賃を払って市内にいる必要がなくなった人々の多くが、罰金という足かせもなくなって郊外に移っていったのである。
「でも不動産ブローカーのビジネスは特に減ったわけではない。もちろん物件はビデオで見せるなど、ロックアウト中は活動が制限されました。ですが賃貸の問い合わせ件数は、それほど落ちてはいないんです」
その大多数は、外から入ってくるのではなく、ニューヨーカーたちがよりリーズナブルな家賃の場所を求めて市内で移動をしているのだという。
「ほとんどの人々が、最初から月額200ドル引いてくれというような、具体的な割引を要求してきます。他所では数か月の家賃を無料にしてくれるという条件をつけている、と言ってきた人もいました」
空き物件は税金控除の対象に
これまで同時多発テロやリーマンショックを乗り越えてきたニューヨークだが、現在はかつてなかったほどの、借り手市場となった。市内に空き物件が多い分、借り手側は強気で交渉してくるのだという。
「私の本来の専門は物件を見せることよりも、家主側と適正価格を設定することなんです。だから、相手が最初から200ドル割引を求めてくるのなら、基本の賃貸料をいくらに定めるのが適正かというのは頭を痛めているところです」
COVID-19の影響は、政府の方針にもかかってくる。この秋から学校の平常時通りの授業再開を強く主張するトランプ政権は、オンライン授業のみの学校に通う留学生には学生ビザを支給しないと発表した。だがその後マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学などから提訴されて素早く撤回。実際のところその詳細は、まだうやむやのままだ。
ニューヨークにはコロンビア大学、ニューヨーク大学、ジュリアード音楽大学など大勢の留学生を抱える名門大学がいくつもあるが、こうした学校が9月の新学期から週に数日でも対面式授業を再開すれば、学生たちが市内に戻ってくる。
「ただいずれにせよ、空き物件が多い状況はしばらく続くだろうと思います。空き物件は税金控除の対象になっているので、オーナーたちもそこまで焦ってはいないでしょう」とスティール氏。