From NY

2020年9月3日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

 ニューヨークのCOVID-19の感染状況被害が安定してきている中、アンドリュー・クオモ知事は、8月24日からニューヨーク市の美術館、博物館など文化施設の再開許可を出した。

 世界3大美術館の一つとされるメトロポリタン美術館も、8月29日から正式に営業を再開。パンデミックのロックダウンが始まった3月13日に閉鎖されてから、およそ5カ月ぶりのことになる。

メトロポリタン美術館、Dream 右にTogetherと白地に黒いレタリングで書かれた巨大ポスターはオノ・ヨーコ氏の作品(筆者撮影、以下同)

来年に持ち越された150年記念祭

 1870年4月に設立されたメトロポリタン美術館は、今回の閉鎖までは過去に3日以上続けて休館したことがなかったという。実は今年はちょうど、150周年記念を迎えたところで、本来は特別エキジビション、館内での記念コンサートなど、数々の盛大なイベントが予定されていた。だが東京オリンピックと同じように、それらの企画のほとんどが2021年に持ち越されることになってしまった。

 寄付金と入館料で運営されているこの美術館だが、5カ月間以上におよぶ閉館で、経済的損失は150億円以上に及ぶという。美術館の職員の20%が早期退職や解雇などで人員削減されての再スタートになった。

再開の条件は

 さて再開といっても、もちろん様々な条件付きである。

 入館にはマスクの着用が義務付けられ、他人とは6フィート(180センチ)の距離を保つこと。また狭い通路は可能な限り一方通行になるように、各所に指示のサインが配置された。館内案内の紙のパンフレットや、オーディオツアー用のヘッドセットの貸し出しなども全て取り払われ、オンラインでこれらの情報がダウンロードできるようにアレンジされている。

 また入場者は最大収容人数の4分の1に抑えて、営業時間も短縮されている。現在のところ火曜日と水曜日は休館日になり、週5日間の運営となった。

まだ人口が戻っていないニューヨーク市

 一般開館に先駆けて、8月27日と28日はメトロポリタン美術館会員限定でオープンされた。ちなみに年間会員制度は一番基本的なランクで110ドル。会員権は1年有効だが、COVID-19の影響で閉館していた期間の分は、自動的に延長されるという。

 筆者も会員権が残っていたので、早速初日の27日に足を向けてみた。

 オープニング直後は避けて、午後に到着。それでも外で並ぶことを覚悟して行ったら、五番街に面した正面玄関の石段にまばらに人々が腰かけている程度で、拍子抜けした。

一説によるとニューヨークの住民の40%近くが、市外に出たまま戻ってきていないという。その大多数は、山や海の避暑地にある別荘に逃げ込んだ経済的に余裕のある人々で、おそらくメトロポリタン美術館の上級会員になる社会層なのではないだろうか。

かつてないほど空いている館内

 入口の石段の下には、入館前の体温測定のテントが配置されているが、ここもマスクを着用した係員が2人いるだけで閑散としていた。測定は無事にパスし、ロビーで簡単な荷物チェックを受ける。手荷物預かりデスクは現在閉鎖されているため、所持品は小さめにとホームページに書かれていた。

 さて無事にロビーにたどり着いて周りを見渡すと、普段は人ごみでごったがえしているこの空間は驚くほど人はまばらだった。

 パンデミックの前は、ツアーバスなどが到着する朝の混雑時には、1時間に5000人もの入館者があったのだという。

 現在は事前にオンラインで予約制度になっており、1時間の入館者数を2000人に限定。それでも決して少ない数ではないが、そもそも館内の展示スペースは東京ドームのおよそ4倍と、想像を絶する広さなので混雑は避けられる。所蔵作品はおよそ200万点といわれ、この広いスペースに常設展示されているのは、そのごく一部に過ぎない。

語りかけてくる芸術作品

バビロン遺跡の彫像

 いつも混んでいてゆっくり見ることのできない印象派の絵画、中近東美術のバビロンの遺跡、古代エジプトの彫像など、人気のセクションもこの日はほとんど人がおらず、心を静めて細部まで鑑賞するという贅沢な体験をすることができた。

 他に誰もいない空間で静かに向き合うと、古代美術品が語りかけてくるような気がする。芸術作品との対話とは、人ごみの喧噪の中ではなく、本来はこうした静寂の空間で行われるべきものだったのだろうと感じさせられた。

 またこの美術館の成り立ちと歩みを展示する特別企画、「Making The MET, 1870-2020」の中で、常設されていない狩野山雪による「老梅図襖」を心行くまで鑑賞できたことも、予想外の喜びだった。

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