WEDGE REPORT

2020年11月3日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

権力の平和的移行

 2000年のブッシュ対ゴアの大統領選では、フロリダ州の集計結果が僅差であったため、民主・共和両陣営は再集計をめぐって法廷闘争を繰り広げ、最終的に連邦最高裁が再集計を禁ずる判断を出し、ゴアが敗北を認める形で決着がついた。今回は、複数の州で選挙結果や郵便投票の有効性をめぐって両陣営が訴訟を起こし、連邦最高裁の判断を仰ぐことになる可能性が高い。加えて、連邦法で選挙人の選定は州議会が決めると定められているため、共和党が州議会で多数の州では、民主党側に不正があったとして、投票の結果にとらわれずに州議会が大統領選挙人を選ぶということもあり得る。司法によって郵便投票の有効性が確認されたとしても、トランプ支持者の中からは選挙そのものの正当性を問う声が高まることが予想される。

 さらなる懸念は、選挙の正当性を認めない勢力が、武器を手に暴動を起こすことである。FBIは投票日前後に騒乱が起こる可能性を警告しているが、「選挙監視」の名目で「ミリシア」と呼ばれる武装勢力が投票所の入口に立ち、民主党支持のマイノリティが投票しないように威圧する動きが各地でみられる。トランプ自身も「監視」を支持者に呼びかけており、人種問題をきっかけに白人至上主義のグループと極左グループが衝突を繰り返している中で、大統領選結果の正当性をめぐって、暴力がさらに広がる可能性がある。

 トランプは選挙結果に基づく平和的な権力の移行について明言を避けており、バイデンも「選挙に不正がないこと」をその条件としている。平和的な権力の移行には、敗者が選挙での敗北を受け入れることが不可欠だが、今回は両者が勝利を宣言し、どちらも敗北を受け入れない状況があり得る。さらに、トランプが選挙で敗北しても、ホワイトハウスに居座り続ける可能性も指摘されている。バイデンはそのような場合は、軍によるエスコートが必要になるかもしれないと述べている。だが、トランプは連邦法執行当局を使って「ブラック・ライブズ・マター」のデモを鎮圧し、州兵だけでなく連邦軍の投入も一時検討したことがある。敗北を認めないトランプが軍に守られて自らの地位にしがみつくことが想定し得る最悪のシナリオである。

1800年の革命

 合衆国憲法は平和的な権力の移行を前提としているが、それを保証しているわけではない。合衆国憲法の下で、平和的な権力の移行が初めて実現したのは、1800年の大統領選の時である。当時、アメリカではフェデラリスト(連邦党)とリパブリカン(国民共和党)という2つの政治勢力が国家の将来像をめぐって争うようになっていた。フェデラリストは強い連邦政府を望み、商工業中心の国家を理想としていた。一方、リパブリカンは州権を重視し、独立した農民からなる国家作りを目指していた。1800年の選挙では互いを国家の将来にとって危険な存在とみなす両者が激しい選挙戦を繰り広げ、結果次第では連邦を離脱する州が現れる可能性もあるほどであった。

 選挙ではフェデラリストの候補者を破って、リパブリカンを率いるジェファソン副大統領が僅差で大統領に当選した(選挙人の投票では決まらなかったため、連邦議会の投票で決まった)。しかし、平和的な権力の移行が確約されていたわけではなく、むしろ不可能と思われていた。実際に、ジェファソンが暗殺される可能性は常にあり、フェデラリストがジェファソンの就任を妨害するのを止めるために軍を投入することが検討されるほどであった。逆にリパブリカンがフェデラリストの選挙人を脅迫することもあった。

 結局、大きな混乱のないまま、翌1801年にジェファソンが大統領に就任した。就任演説でジェファソンは、壮絶な選挙戦を経験した国家の団結を促し、相違よりも類似点を強調した。1819年に知人に宛てた書簡の中で、ジェファソンは1800年の選挙を「1800年の革命」と呼び、アメリカ史上初めて平和的な権力の移行が達成された意義を強調した。さらに言えば、これは人類史上初めてのできごとでもあった。アメリカはその後も南北戦争、そして公民権運動の時期に国家分断の危機に直面してきた。それでも、大統領選における権力の平和的な権力の移行という原則だけは維持された。

2020年大統領選の行方

 2020年の大統領選は、1800年以来実に220年ぶりに権力の平和的な移行が危ぶまれる事態となっている。最善のシナリオはどちらかの候補が圧勝することであるが、それは少なくとも激戦州ではありそうにない。アメリカが権力の平和的な移行に失敗すれば、国内の分断はますます広がり、大混乱に陥るだろう。権威主義国家はそれを民主主義勢力の衰退ととらえ、未成熟な民主国家では強権主義が勢いを増すかもしれない。アメリカの国家的危機に便乗して、中国が尖閣諸島や台湾に対して攻勢を強めることも考えられるし、北朝鮮が軍事的な挑発を再開することもあり得る。このため、アメリカという国がこの危機に際してどのような決断を下すのか、われわれは注意深く見守る必要がある。

  
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