そろいの浴衣を着た髷娘による手踊り
大井川の両岸に広がる静岡県島田市。江戸時代には川を隔てて東海道五十三次の2つの宿場町、島田宿と金谷宿が置かれ、大井川の増水時には、足止めとなった旅人で大いに賑わったという。
そんな時代の風情をほうふつさせるのが、毎年9月の第3日曜に開催される「島田髷(まげ)まつり」だ。当日は島田髷を中心に、さまざまな型の日本髪を結った浴衣姿の“髷娘”が旧東海道(本通り)を練り歩き、各所で奉納踊りを舞う。
“文金高島田”など、婚礼用の髪型としても知られる島田髷の起源については諸説あるが、鎌倉時代に、仇討ちで有名な曾我兄弟の兄の愛人だった虎御前が発案し、結った髪形との話が伝わっている。虎御前は島田の出身といわれ、市内の鵜田寺(うだじ)に墓が残ることから、昭和8(1933)年に、虎御前の供養と日本髪文化への感謝祭として第1回島田髷まつりが開催された。島田髷まつりは途中何度かの中断を経て、昭和40(1965)年に復活し、今年で55回目を迎える。
「髷娘は3歳の子どもからミセスまで、前回は75名が参加しました。ほとんどが地毛で日本髪を結っています。かつて日本髪は身分や年齢、職業などによって約束事があり、下町のおかみさんとか、大店のお嬢さんとか、一目で見分けがつきました。島田髷も武家風や舞妓風などさまざまなスタイルがあるので、ぜひ見比べてください」
と島田髷まつり保存会会長の鈴木房雄さん。