米下院は1月25日、トランプ前大統領(共和党)に対する弾劾訴追決議を上院に送った。弾劾理由は同氏が支持者をあおって連邦議会議事堂を襲撃させた「反乱の扇動」。上院は2月9日に弾劾裁判を開始する。2回の弾劾訴追を受けたのはトランプ氏が米史上初めて。大統領退任後に弾劾裁判を受けるのも初めてのことだ。だが、同氏を弾劾する勢いは急速にしぼみ、無罪が濃厚だ。
トランプ氏恐れる共和党議員
トランプ氏弾劾の理由は1月6日の議会襲撃事件の直前、ホワイトハウス前で支持者らに演説した際、不正選挙を訴え、バイデン新大統領確定の手続きを行っていた議会に押し掛け、抗議するよう扇動したことだ。同氏は「私も行く。死ぬ気で戦え、国が失われてしまう」などと過激な発言を行った。この“アジ演説”に呼応した極右の支持者らが議会の窓ガラスを壊して乱入した。
議事堂は米民主主義の象徴的な存在で、米英戦争当時の1812年に英軍が議会に侵入して以来の襲撃となった。暴徒はトランプ氏が、ペンス副大統領(当時)が選挙結果をひっくり返すために何もしていないと批判したことにも反応。「裏切者ペンスを吊るせ」などとペンス氏を狙っていたことが明らかになっている。
事件後、前代未聞の出来事に民主党、共和党を問わず連邦議員は立ちすくみ、マコネル氏(共和党上院院内総務)ら共和党議員からもトランプ氏への批判が噴出した。トランプ氏の支持率は過去最低の20%台に急落した。それまでトランプ氏を支持してきたマコネル氏は「暴徒はうその情報を与えられた。大統領にあおられた」などと非難、弾劾に前向きな姿勢さえ示した。
だが、13日の下院本会議での弾劾決議では、共和党から決議に賛成したのは10人にとどまった。これ以降、弾劾への勢いは急速にしぼんだ。上院(100人)での弾劾裁判でトランプ氏を弾劾するには、3分の2の67人の賛成が必要。上院の新勢力図は50対50なので、共和党から17人の造反がいる計算になる。
ニューヨーク・タイムズ(25日)の調査によると、共和党上院議員のうち、弾劾に反対は27人、態度未決定が16人、無回答が7人となっている。多くの議員はトランプ氏の言動が襲撃事件を招く一因であったことを認めているものの、①憲法は退任した大統領を裁けると明記していない②裁判は国民の分断を深刻化させ、融和を阻害するーなどを理由に弾劾には反対の考えだ。
また共和党支持者の中には、トランプ氏に解任されたボルトン元大統領補佐官のように、実現不可能な弾劾裁判を強行し、その結果、トランプ氏が無罪になれば、1回目の弾劾裁判同様、「トランプ氏の潔白証明になるだけ」との意見も強い。民主党はあくまでも民主主義を破壊しようとしたトランプ氏の行為を歴史に記すことが再発を防止することになるという主張だ。
共和党の中に一時的に沸き上がったトランプ批判が一気に失速したのはトランプ氏の報復を恐れてのことだ。「選挙で7400万人の支持を受けたトランプ氏の影響力は健在だ。同氏が新党を立ち上げるという話もくすぶっており、次の選挙で対抗馬を立てられれば、落選の憂き目に遭いかねない。トランプ氏側も陰に陽に議員らに脅しを掛けている」(専門家)。
米メディアなどによると、焦点はマコネル氏がどう決断するかだ。トランプ氏と袂を分かったといわれる同氏が弾劾に賛同すれば、6人前後がついていくと見られているが、それでも必要な17人にはほど遠い。最後は「弾劾は馬鹿げている。分断の火に油を注ぐようなもの」(ルビオ共和党上院議員)という意見が圧倒しそうで、無罪が濃厚だ。