「松本の飴文化を知ってほしい」
創業350年・老舗飴屋の挑戦
日本有数の湧き水に恵まれ、乾燥した気候を持つ松本市は、古くから「飴の町」でもある。明治時代には飴の生産量日本一を誇ったが、菓子メーカーの台頭や後継者不足も相まって、最盛期には21社あった市内の飴専門店も、今では3社までその数を減らした。
その中でも最古参で、創業350年の歴史を持つ山屋御飴所(やまやおんあめどころ)の太田喜久代表は、「松本の飴文化をさらに多くの人に知ってほしい」と、他の2社に呼びかけ、3社による協力体制を築いた。広報活動の具体策に悩んでいたところ、井上氏から「3社合作となる商品開発」というアイデアを提供されたという。
18年12月にはコラボ商品第1弾となる3社製品の食べ比べセット「松本飴箱」をリリースした。19年4月には、第2弾となる、板状の飴菓子に信州リンゴを混ぜ込んだ新感覚の飴を3社で新たに共同開発した。
「商品開発を進める中で、井上常務から熱心な提案を受け、われわれ地元企業と真摯に向き合おうとする姿勢を感じた。今では、自社の商品を置くただの販売チャネルではなく、同じ方向を目指す経営パートナーだと思っている」(太田代表)
さらに、松本市で毎年2~3月に開催されるカレーの食べ歩きイベント「松本カリーラリー」を主催する松本カリー推進委員会と連携し、レトルトカレーの商品開発にも取り組む。19年8月には、市内の人気カレー店4店舗の味をレトルトで再現した「信州松本カリー名店シリーズ」の発売を開始した。各カレー店や井上の店舗だけでなく、都内のアンテナショップやネット通販でも販売され、年間約1万5000個を売り上げる人気商品となった。
推進委員会の委員長で、自身も市内でカレー店を営む小山修氏は「いまやネット通販が主流だが、個人店で対応するには課題が多い。在庫はどこに置くのか、梱包・発送は誰がやるのか、流通販路はどうするか。それらの業務を流通・販売のプロである井上百貨店に一任することで、事業化の目途が立った」と語る。
コロナ禍で、本業である百貨店経営が痛手を負うさなかにあっても、地元に寄り添う井上の姿勢は変わらない。
自身の敷地フロアを開放し、営業を停止した地元飲食店のテイクアウトメニューを陳列した。「デパ地下の飲食売り場」のような形態をとり、地元飲食店への応援を市民に呼びかけた。
地域経済を専門とする大和総研金融調査部の鈴木文彦主任研究員は「井上百貨店が地元企業との〝共存共栄〟を目指すからこそ、事業に継続性が生まれ、消費も地域的な広がりをみせる。他の地方でも同じことが言えるのではないか」と述べる。
既存の業態に捉われず、地元の利害関係者を巻き込み、一蓮托生の思いで知恵を出し合う。このような企業の取り組みが持続的な地域活性化を生むのではないだろうか。