「香港に三権分立無し」
中国化する司法
香港では、昨年9月に立法会選挙が行われるはずだった(新型コロナウイルスの感染拡大を理由に1年延期された)。民主派は各グループの候補者への支持者数を見極め、グループ間の調整を行うため、7月に予備選を実施し、予想を大幅に上回る60万人以上が投票した。
予備選は公式の選挙ではなく、その結果になんら法的な拘束力はないが、民主派の選挙戦略がうまくいけば、民主派が立法会で過半数を獲得する可能性がある。そうなれば予算案が否決されるなど、重要な議事進行に支障をきたし、行政長官が辞任に追い込まれるかもしれないと、政府当局は懸念したのかもしれない。
世論を見極めた上で選挙を進めたり、議会で戦略的に議論したりすることは、民主主義において当然のことだ。しかし中国では、現在の共産党政権に挑戦し得る勢力が台頭したとすれば、それは国家政権の転覆を図ったことになる。一国二制度の下、香港と中国では政府も議会も別に存在しているはずだが、香港政府は中国共産党政権と一体化しつつあるのか。
區諾軒は保釈金3万香港㌦を払い、即日保釈された。しかし、パスポート、携帯電話、コンピューターを押収された。コンピューターは中国本土に持ち込まれて調べられているのだという。国安法違反で起訴されるのかどうか、起訴された場合、裁判がどのように進行するのか、現段階ではわからないことが多い。いずれにしても、出国が許されるまで長い時間がかかりそうであり、近いうちに再来日して、大学院で勉強することは難しくなった。
イギリスの植民地であった香港は、コモンローを法体系の基本的理念としており、今に至るまでそれを維持してきた。コモンローは「共通する法律」を意味し、ノルマン朝の12世紀後半から、イギリスの国王裁判所が蓄積してきた判例を体系化した法である。
議会制度が発展した13世紀以降、一般的な「慣習法」という意味合いに王権を制限するという要素が加わった。王権神授説を根拠に専制的な政治が行われていた17世紀初めには、議会が王権に対抗する理念、市民の権利を守るための基盤として、コモンローが掲げられた。
しかし20年9月1日、林鄭月娥行政長官は「香港に三権分立はない」と言い放った。同月7日には、中国政府の香港マカオ事務弁公室のスポークスマンが「香港にこれまで三権分立が存在したことはなかった」との見解を示し、行政長官の立場を正式に支持した。だが、そもそも「一国二制度」は、立法、司法、行政において独自の権限を有する特別行政区を設立するために、設けられたのではなかったのか。
イギリスのコモンローの法体系の下にある香港と、社会主義の法体系を有する中国では、法の支配に対する考え方も大きく異なる。中国は「法の支配」(rule of law)ではなく、「法治」(rule by law)の考え方で、法を道具とした統治を優先してきた。
言うまでもなく、国際社会の常識からすれば、権力側が都合よく法を選択的に使うことなどあってはならない。昨今の香港においては、毎日のように「政治犯」が生まれているが、これは、香港の司法が独立性を失い、中国化しつつある現実を物語っている。