2024年11月22日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2021年3月5日

人工的に作られた寿町

 山田さんによれば、3つのドヤ街の中で横浜の寿町は「人工的に作られた町」だ。

 山谷や釜ヶ崎は街道筋の旅籠や木賃宿から出発し、延長上にドヤが形成されたが、寿町は異なる。第2次世界大戦前は普通の商人の町だったのだが、戦後、米軍に接収され、10年後に解除されると港湾労働者対象のドヤ街に急変貌。元居住者の大半は寿町に戻らなかったのだ。

 そして、1990年代にバブルが崩壊すると、荒くれた若い労働者の町が、問題を抱えた高齢者の寄り集まる福祉の町へと変わった。

 「米軍接収地跡に急造された町なので、住民自治や教育、労働や福祉などに意欲を持つ人が各地から集まってきたんでしょうね」

 と、山田さんは分析する。

 「全編にわたり、山田さんの問題意識が浮き沈みしていますね。自分は〝こちら側〟、住民は〝あちら側〟。既成社会に留まる自分が、本当に彼らを理解できるのか、と?」

 その自問自体が、「異界」を辿る本書の読者のガイド役を果たしている。

 「はい。当初は失礼ながら、社会の落伍者と見ていましたからね。でも、何人もの住民と接して彼らの人生を知り、試行錯誤を重ねながら真摯に住民と向き合う支援者たちと知り合うと、考えが変化してきました」

 刊行後、コロナ禍の現状で新たに気付いたこともあったと言う。

 「住民の多くは、社会的向上を目指さない。それを〝人間的弱さ〟と見てきたわけですが、向上とか成長とか効率とか、そんな基準を一度外してみたらどうか? 案外、自由なのでは? そういう生き方の方向もあっていいのでは? 生産や消費など従来の経済活動の多くが停滞してしまったコロナ禍の現在、〝あちら側〟だと思っていた寿町の人びとの生き方から、逆に学ぶ点もいくつもあるのでは? そんな風に思うようになりました」

 おしゃれな港ヨコハマのど真ん中に、混迷の時代の一歩先を行く「寿町」があった!?

  
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