2024年12月22日(日)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2020年10月31日

(1971yes/gettyimages)

 10月に入って欧米各国で新型コロナウイルス感染の第2波が急拡大している。

 10月下旬現在、世界最多の22万人強の死者を出しているアメリカは、1日当たりの新規感染者が過去最高の8万人を越え、欧州ではスペインやフランスで感染者数が100万人を超過し、欧州全体では合計約560万人。EU(欧州連合)の感染者数が、アメリカとインドに次いで世界で3番目の規模になった。

 こうなってくると、感染者の合計が9万6000人、新規の感染が数百人(死者は連日10人内外)に止まっている日本の特殊さが、以前にも増して際立ってくる。

 日本だけではない。中国、韓国、台湾、ベトナムなど東アジア全域が、第2波の感染爆発を免れている状況なのだ。

 改めて浮上するのは、5月段階で山中伸弥京大教授が提唱していた「ファクターX」である。

 ロックダウン(都市封鎖)を行わず、PCR検査も少ない日本。それなのになぜ、欧米よりも感染者や死亡者の数が少ないのか?その未知の要因がファクターX だった。

 要因候補には、①マスク着用や毎日の入浴など衛生意識の差、②ハグや握手など生活文化の違い、③BCG接種などの影響、④SARSなど過去のウィルス感染の影響、⑤何らかの遺伝的要因、などが挙げられた。

 以後、要因探索は各方面で続けられている。国立国際医療研究センターが発表した「ACE1(エース・ワン)遺伝子タイプの違い」もその一つ。欧州にはACE1がよく働くタイプの人が多く、ACE1が働くと血管が収縮し血圧が上昇、炎症が悪化して重症化や死亡につながる。一方、東アジアでは余り働かないタイプの人が多く、死者が少ないという。

 10月に入ると、新たな要因候補が登場した。「ネアンデルタール人遺伝子」説である。

 ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授(沖縄科学技術大学院大学兼任教授)らのグループが9月30日に英科学誌『ネイチャー』に発表したものだ。

 それによると、新型コロナウイルスの感染者約3000人の調査から重症化を起こす遺伝子領域を特定したが、それは現代人の祖先がネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子の領域だった、と解明したのだ。

 ネアンデルタール人由来の遺伝子を持つと重症化のリスクは最大3倍になるが、持つ人の割合は地域ごとに開きがあり、南アジア(インド、パキスタンなど)では約50%、欧州では約16%。一方、日本、韓国、中国など東アジアではほとんどの人が当該遺伝子を持っていない。

 ネアンデルタール人由来の遺伝子領域がなぜ重症化につながるのか、因果関係はまだ不明だが、この説は素人の私にはとても興味深い。

 なぜなら、毎週目にするコロナ感染の世界地図(欧州、中東、南アジア、欧州人が移民した南北アメリカが真っ赤で、東アジア、オセアニア、アフリカが白い)の意味を、うまく説明してくれるように思えるからだ。

 私は人類の進化史に関心があり、今年3月、人類学など内外の研究者6人が最新成果をまとめた西荻良宏編『アフリカからアジアへ 現生人類はどう拡散したか』(朝日新聞出版、2020年)を読んだところだった。

 現生人類(ホモ・サピエンス、新人)は、約30万年前アフリカで誕生したとされる。

 最初の出アフリカは20~10万年前、第2次は6~5万年前。両時期とも、ヨーロッパやユーラシア大陸には先住集団がいた。

 180万年前頃にアフリカを出た原人(ホモ・ハビタスやホモ・エレクトス)は大陸の端まで達していた(ジャワ原人など)し、ユーラシア各地には原人の子孫である旧人のネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)がいて、東アジアにはその兄弟種のデニソワ人もいた。

 現生人類は、そんな先住集団との生存競争に打ち勝ち、地球上で唯一の人類集団(ヒト)になったのだった。だが、どうやって?

 かつては、私たち新人の認知能力が優れていて旧人を駆逐した、と考えられていた。

 しかし近年の研究では、両グループの能力差はほとんどないとわかり始めた。狩猟用の石の槍や握り部のある石のナイフは共通。獲物のアカシカなどの大型有蹄類やイノシシ、カメ、トカゲなどの小動物、食用の豆類も同様。新人は貝製ビーズ、ネアンデルタール人は2枚貝や鳥の羽根などの装身具を用い、両者共に埋葬行為を行った。行動様式を比べると、相違点より共通点の方が多かったのだ。

 新人は、獲物を巡って旧人と競合しながらも、各地で長期間(1万年以上?)にわたり旧人と交配した。そのため、現生人類の非アフリカ集団におけるネアンデルタール人ゲノム(生物学的遺伝情報)の混合率は1・5~2・1%に及ぶと推察されている(東アジアやオセアニアではデニソワ人由来のゲノム混入も)。


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