2024年12月23日(月)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2020年6月6日

 コメディアンの志村けんさんの突然の死は、日本国民にコロナの怖さを刻み込んだ。

 ウイルス感染の発表が3月25日、亡くなったのが同29日とあまりにも急だった(17日に倦怠感、19日発熱・呼吸困難、20日入院、23日転院先でコロナ陽性、の過程があった)。

 人気有名人の予期せぬ急死は日本中に衝撃を与えた。強制力のない外出自粛要請にもかかわらず、日本人がコロナの第一波をどうにかこうにか押さえ込めたのは、志村さんを殺したウイルスに対する国民の恐怖心の大きさも影響した、かもしれないのだ。

 私は、志村さんの人気復活期に、週刊誌で一度ルポを行ったことがある(『アエラ』1988年6月28日号、“現代の肖像”)。

(Javier_Art_Photography/gettyimages)

 代名詞だった『8時だよ!全員集合』(TBS)が終了して3年目。お笑い世界はたけし、さんま、タモリが席巻し、ドリフターズ流のドタバタ・コントを受け継ぐ志村さんの笑いは、一時「時代遅れ」と評された。

 ところが、志村さんはすぐに「バカ殿様」や「変なおじさん」で巻き返した。

 志村さんの2本のレギュラー番組(『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』TBS、『志村けんのだいじょうぶだぁ』フジ)は、視聴率でたけし・さんまの『オレたちひょうきん族』(フジ)やタモリの『笑っていいとも!』(同)と互角の勝負を見せた。

 末期の『全員集合』は低い視聴率に苦しんだが、独り立ちした志村さんは低迷から抜け出した。私が人物取材の対象に選んだのは、その復活の秘密を探りたいという思いからだ。

 2本の番組の製作現場を見学し、局のプロデューサーやディレクター、放送作家などに話を聞いた。仲間の共演者(いかりや長介、田代まさしなど)にもインタビュー。

 前年三鷹市に「約3億円の豪邸」を建てたが、私生活はいっさいタブー、勤続10年の付け人さえ一歩も中に入れない。そこで自宅は諦め、夜毎飲み屋から自宅までベンツで送迎するその付け人兼運転手に取材し、東村山市の小学生時代の友人にも話を聞いた。

 そして最後は麻布十番の行きつけの店で、飲食を共にしながらの本人インタビュー。

 その結果わかったのは、「笑いの求道者」「コントの職人」という太い軸である。

 フジテレビのリハーサル室で見たのは、咳さえ憚られるピリピリした緊張感だった。

 大テーブルの周囲にディレクターや構成作家ら17人。彼らが見詰めるのは片隅の畳の上に寝そべってカセットでロックやソウルの音楽を聴く志村けん。2週先のネタ作りの日だが、この日も彼は、作家が書いてきたコント10数本がすべて気に入らず、自分で絞り出していた。

 5時間後、ヘッドフォンを外すとスタッフ全員が畳に駆け寄る。志村さんはコントの内容をボソボソ話す(スタッフ大笑い)。続いてセットの形、配置、仕掛け、自分とゲストの動き、カメラ位置まで話す。それで5本分。あと8本残っているので、再び音楽……。

作・構成・演出、志村けん

 ディレクターが「作・構成・演出、志村けんです」と呟いたが、まさに独壇場だ。

 TBSのスタジオ録画の日も同様だった。ゲストに冗談を言ったり女性共演者にちょっかいをかけたりするものの、それは一瞬で、その日のセットの出来を細部まで確かめ、作り直させたり、ADに進行上の注意を与えたり、タバコを一服し、ふと思い出して使う小道具を持って来させ点検したり……。

 本番直前まで確認作業が続く。そして本番になると、突然「バカの志村」へと変身!

 田代まさしさんが言っていた。

 「志村さんの特徴はあの落差です。テレビ見てる人は誰でも“志村がまたバカやって”と思う。でも普段はあの生真面目さ。しかも画面で努力の跡をいっさい見せない」

 本人に糺(ただ)すと、「僕がやってるのは、見てわかりやすいコント。ドリフ本来の路線です。ただ集団のコントは『全員集合』でやり尽したので、単独でできるドタバタ・コントを必死に考えているわけです」

 自宅には内外の映画などのビデオ数千本があり、時間があれば繰り返し見ると言う。

 夜、行きつけの店に同行した。

 すっぽん鍋を注文し、ワインで乾杯する。

 「いったんメイクするとね、不思議に僕は何でもできちゃうんですよ」

 父親は謹厳実直な小学校教師。3人兄弟末っ子の内気な少年だったが、朗らかな母親の血筋か、学校では道化役で、ズーズー弁で校歌を歌ったりして級友たちを笑わせた。

 私は志村コントに多用される下ネタについて尋ねた。『全員集合』時代はオナラ・ウンコが多かったが、冠番組を持つようになると、これに男女の裸やセックス連想シーンも加わり、教育界などで批判が出ていた。

 「僕は、お笑いをやってるんで、子ども番組や教育番組を作ってるんじゃないんです」

 特注のすっぽんの血を飲み干して言う。

 「普通の人が、思っていても日常ではできないこと、やっちゃいけないことを、僕らが代わりにやる。悪戯を仕事としてやるわけです。だから面白いんでしょ? 下ネタもタブーの一つだと思いますよ」


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