東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並ぶ日本3大ドヤ(簡易宿泊所)街の一つが、横浜市の一等地に位置する寿町(中区)である。
JR石川駅を出て西側、幅200メートル、奥行き300メートルの区画に、120軒のドヤが集中し約6000人が住まう。
単身の高齢男性の姿がやたら目につく街角には、デイサービス・センターなど介護や福祉関係の施設が多くあり、どこからかアルコールと小便の臭いが漂ってくる。
「異界」とも呼べるそんな町に、山田さんは足かけ6年通い本書を書き上げた。
「最初は単なる怖いもの見たさでした。でも、それまで会ったこともないタイプの人と続けて出会ううちに、寿町ならではの人と人との独特の関係、距離感に気付き、惹きつけられてしまったんですね」
例えば、取材の半年後、入院中の病院で71歳で死亡した「サカエさん」という男性。
中卒で畳職人になったが、腕はいいのに喧嘩とギャンブルに明け暮れ、迷惑をかけては逃げ出す半生を繰り返した。結婚しても愚行は止まず、酒好きもあって家族から見放された。だが、寿町で毎日ヘルパーに介護される境遇になってもこう振り返る、「俺は満ち足りている。いい人生だった」。
あるいは、住民を支援する側の寿福祉センター所長、村田由夫氏の軌跡。
村田氏は神奈川県の社会福祉法人の一員だが、1968年以降、横浜市職員有志らと寿町において「住民参加の町づくり」に関わり、寿地区自治会を作ったり、アルコール依存症者支援の市民の会寿アルクを設置したり。
その村田氏は「依存者の人が好き」と言う。「彼らの喜怒哀楽はその人そのもの」「失うものがなく、一種の潔さがある」と。
「他にも、小学校教師を辞めて寿学童保育の指導員をやってる人や、元生態学の研究者でホームレスの支援活動を長年続ける人など、予想以上にたくさんの人びとが“変革の志”を持って寿町の町づくりに関わっていますよね。正直驚きました」
「〝寿町を描くならこの人も〟と次々紹介され、本書後半はやや盛り込みすぎです(笑)」