紆余曲折があったものの、ジョー・バイデンが1月20日に第46代アメリカ大統領に就任した。世界トップの権力者の座からドナルト・トランプが滑り落ち、世界の多くの人々が「やれやれ」と安堵したことだろう。
しかし、アメリカ大統領が「異端」のトランプから「良識派」のバイデンに代わり、世界は本当に国際協調の方向に向かうのか?
「そうはならない」、むしろ「トランプ政権が開始した“自国ファースト”時代が到来する」というのが、私がこの正月に読んだ酒井吉廣著『NEW RULES ― 米中新冷戦と日本をめぐる10の予測』(ダイヤモンド社)の主張である。
本書は昨年10月(アメリカ大統領選挙の前)に刊行された。著者の酒井氏は日本銀行出身で、欧米や中国の金融業界を経て、ワシントンの共和党系シンクタンクで働いた人。
日本国内の情報がCNNなど民主党寄りに偏っているため、共和党寄りの立場から「世界の新しいルール」について論じたのだ。
グローバル経済に置き去りにされた白人労働者層を支持基盤にしたトランプは、本音の「アメリカ・ファースト」政策を掲げた。
国境の壁(不法移民への対策強化)、自国利益優先の貿易交渉、米軍配置の見直し、同盟国への相応の負担要求などである。
公約に掲げたこれらの政策を、トランプ政権は「孤立主義」「白人至上主義」と非難されても、愚直なまでに曲げなかった(曲げるより、反対する閣僚を次々と罷免した)。
一例が、トランプが大統領就任直後に表明したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)離脱だが、多国間より2国間協定の方がアメリカに有利と判断し、白紙に戻したのだ。クリントン政権が締結したNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉も同様だ。アメリカの雇用喪失につながると自国寄りの条件を追加し、カナダ・メキシコと新協定を結んだ。
こうした政策が功を奏し、新型コロナウイルスの感染が拡大するまで、トランプ政権のアメリカは歴史的な低失業率を実現し、経済成長率の高さと株価上昇を謳歌した。
コロナの問題がなければ、「トランプの大統領再選は確実」と予測されていたのだ。
それでは、「気まぐれ」「思いつき」と批判された外交面の政策はどうか?
2017年、トランプ政権は突然3隻の空母群を日本海に派遣した。世界は北朝鮮との一触即発の戦争を予想し、身構えた。
だが、展開は違っていた。金正恩委員長はアメリカとの緊張事態のリスクを悟ったのか、史上初の首脳会談に応じたのだ。
シンガポール、ハノイ、北緯38度線と3回のトランプ・金会談。これで具体的な成果が出たわけではない。けれど、北は以前の曖昧な立場の6ヵ国協議時代に戻れなくなった。
今や金正恩は(核問題を含め)、常に何かを発信し続けなければならない。この変化は、かつての「謎の沈黙」より余程マシだ。
トランプ政権は、核開発断念の見返りにイランへの制裁を緩和する(オバマ政権が進めた)「イラン核合意」からも離脱した。
そして、イランの周辺国テロ組織への支援を疑い、昨年1月に革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官をドローンで殺害した。
「英雄」を殺された国民が激昂し、イラン政府も報復を表明した。すわ武力衝突か、と緊張が走ったが、結局何も起きていない。
それどころか、事件後イランは高濃縮ウラン製造の継続を表明した。つまりイランは、核合意後も核製造の能力と装置を保持し続けたのだ(核合意に参加した英、独、仏が一斉に非難した)。
なぜイラン政府は「英雄」殺害に黙したままなのか? 地域大国として経済復興を目指す首脳部はおそらく、ヨルダンやイエメンでテロ活動に関与してイランの国際的孤立を深め、大統領選出馬さえ念頭にあったソレイマニ司令官を、持て余していたのでは?
そうであれば、「イラン核合意」の欺瞞を暴き、イラン主導の国際テロを鈍化させたトランプ政権の判断は的外れとは言えない。
NATO加盟国への負担金増額要求、米大使館のエルサレム移転などの政策も、仔細に検討すればそれぞれ合理的な理由がある。
一見「突飛な政策」に映るが、覇権国家としての国力が低下し、昔のように「世界の警察官」として振る舞えなくなったアメリカが、自国の利益を再考した末の、「新時代の重商主義に舵を切った米国の総意」なのだ。
重商主義は16~17世紀の欧州諸国による保護・干渉を伴う利益優先の経済政策。酒井氏は欧米が選んだ「新しい世界のルール」がこの新重商主義(自国ファースト)だと言う。