入社30年の経験をつぎ込んで
ソニーらしい商品をつくった
開発を主導したのはビデオ機器部門であるV&S事業部で統括課長を務める楢原立也(54歳)。開発に着手した時期は明らかにしていないが、電機各社による3Dテレビの商品化が始まる直前というから、08~09年あたりだろう。いくつかの少人数チームをつくり「3~4年先に主要な部品になる見込みの各種デバイスを使い、何ができるかを検討」(楢原)したのが発端だった。
ある日、楢原とは別チームで3Dなどの画質を追求しているマネージャーが、デジタルカメラ用の電子ビューファインダー(液晶パネル製)を2個用意し、両目で覗いてみると良質な3D画像が見えたと話しかけてきた。休憩時間中の雑談だったという。
そうした何気ない会話から、「じゃあ、3DのHD(高画質)コンテンツを見ることのできるヘッドマウントディスプレイをやってみようか」と、話がはずんでいった。楢原は、この時のカメラ用ファインダーに使われていた液晶パネルではなく、次世代デバイスの有機ELパネルを使えば、より高画質で「文句のない3D再生ができる」と踏んだ。
ヘッドマウントディスプレイには、いずれにしてもパネルの画像を拡大するための光学レンズが必要になる。問題はどの程度拡大するかであった。そうした折、このプロジェクトを知ったテレビ部門のエンジニアが「どうせやるなら映画館のようなものをやってみては」と、アドバイスしてくれた。
いま一つ方向性がつかめなかった楢原たちは、「映画館」というキーワードによって、「一気に開発のベクトルを合わせることができた」。ただ、予算やスケジュール管理などを預かる楢原には、懸案事項が少なくなかった。とりわけ、映画館を再現するための歪みのないレンズの開発には、高度な技術と時間を要することが分かっていた。
また、有機ELパネルは専用のものを設計して量産する必要があった。画像用のパネルは半導体そのものなので、半導体事業部門との連携が不可欠になる。幸い、試作機を視聴した経営トップ層の評価は高く、商品化へのゴーサインが出された。