2024年4月16日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年4月6日

西欧型人権が過去の国際的人権組織の活動を歪めてきた

 2011年と言えば、胡錦濤の後継者として習近平が確実視されつつあった時期だ。当時、日本のチャイナウォッチャーの一部に「習近平は凡庸」との主張が見られたことを記憶するが、この年に出版された『崛起的大国――中国大趨勢』(馮凱編著、中華工商聯合出版社)は、より積極的に大国への道を主張していた。

 「前言」は、「改革・開放以来、中国経済の急激な発展は世界的な関心を呼ぶ。現在の勢いを持続するなら、21世紀の中華民族の偉大な復興は夢ではないし、中国という龍が天空を奔放・闊達に疾駆することは必ずしも難しいことではない。民族の偉大な復興は数多くの困難と矛盾を克服した後にこそ実現しうる」と、大国化への道筋を示すのであった。

 「第一章 経済金融」からはじまり、「第二章 軍事政治」「第三章 現代法治」「第四章 科学技術」「第五章 国際外交」「第六章 文化教育」「第七章 社会福祉」「第八章 生態とエネルギー」「第九章 体育娯楽」「第十章 改革重点の総括と思考」を経て、「第十一章 未来の展望」へと続く壮大な構想が語られてはいるが、首を傾げたくなる主張も見られる。

 たとえば「第三章 現代法治」である。

 「法治は文明の発展段階における成果を体現したものであり、文明は法治実現の前提条件である。中国の法制建設は長年の弛まぬ奮闘を経ているがゆえに、中国人は法治建設を愈々もって大切にする。法によって国を治め、社会主義法治国家を建設することは中国人民の主張であり、理念でもある」と力説する。

 さらに「この理念を実現するため、中国共産党は13億中国人民を導き史上空前の偉大な社会実践に共同で参画する。悠久の歴史と光輝ある文明を持つ中華民族は、いままさに民主と法治の大道を邁進し、人類の政治文明発展における新境地を開拓し創造すべく努力を積み重ねる」と記す。

 次いで法律面での各論に移り、①国際的人権活動への積極参加、②食品安全関連法規の完備、③防災・減災関連法規の充実・発展、④労使協調による労働関連法規の完備、⑤穏健な家庭と和諧(調和)社会を保障する婚姻法の完備、⑥中国の法律文化と社会の実情に基づいた死刑制度の改革・完備、⑦行政サービスを円滑に進めるための費用徴収制度の完備、⑧法体系全体における整合性の構築、⑨「国家、社会、人民による全方位からの支持」を背景とする徹底した麻薬禁止活動の推進、⑩「貧富の格差を平準化する重要な手段」である徴税における不公平感の是正と税法体系の公正化の整備と徹底、⑪歴史的伝統遺産と民間芸術保護のための法体系整備、⑫個人情報保護関連法規に関する初歩的検討、⑬司法の公正と政治的中立――

 以上が「中華民族の偉大な復興」の証としての大国化を法治面から捉えた「より積極的な戦略思考」になるが、いくつかの注目すべき指摘が見られる。

 たとえば「①国際的人権活動への積極参加」を見ると、個人の自由と民主を柱とする西欧型人権が過去の国際的人権組織の活動を歪めてきたと全否定したうえで、「人民の利益こそが国家の利益であり、人民の苦しみこそが政府の苦しみである」ことを体現する中国政府が掲げる人権こそが真の人権であり、この考えを持って世界の人権組織の根本的改変を目指そうと説く。

 ここで示された「①国際的人権活動への積極参加」が抽象的論議ではなく、実際に国際人権組織の中国化を目指していたとするなら、すでにWHOなどの国際組織において現実化していることに注目すべきだ。

 「⑫個人情報保護関連法規に関する初歩的検討」は、新型コロナ対策で如何なく発揮されているようにも思える。まさに個人情報が一括集中管理されているからこそ、感染拡大を最小限に抑え込んでいるのだろう。

 「⑬司法の公正と政治的中立」を掲げ「中国の執政党自身の素質は不断の高まりをみせ、司法は愈々中立化しつつある」と自画自賛する。だが「愈々中立化しつつある」どころか、執政党=共産党によるAI(人工知能)システムを全面的に駆使した強固な人治体制が進行していることが現実だろう。


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