生まれたのは、「ふさぶさロール」と「たまちちぷりん」。素材に、南房総の百姓屋敷「じろえむ」の稲葉芳一さんの平飼いの有精卵と、古くから有機運動の盛んな三芳村の「安藤牧場」の安藤真人さんの牛乳を使った千葉の新しい名物だ。ロールケーキには、鴨川の減農薬の長狭米の米粉や地元の蜂蜜も加えた。
しかも冷凍保存できるロールケーキはまだいいが、プリンには、Ph調整剤もセラチンも植物性油脂も、人工香料も一切使っていないから、賞味期限はたった2日。注文を受けて一週間後に届けるという方法で、全国に配送している(あまりの扱いにくさにプリンは現在、お休みしているが、まもなく再開予定)。
生産者の気持ちに寄り添うために
故郷でお店を開く決意
さて、こうして通販を始めた小野さんは、しかしすぐに、自分だけ東京に暮らし続けながら故郷を応援することにも、疑問を覚えた。
「自分で故郷にお店を開いて、リスクも背負いながら、同じ土地に住んで考えていかないと、生産者の気持ちにも寄り添えない」と何事にも一本気な小野さんは、そう思った。
思い立ったら行動も早い。旦那の智之さんを説得し、その年の7月に開店したのが、この『里海食堂 FUSABUSA』。現在、店の代表取締役である智之さんも、大手居酒屋チェーン店で店舗開発などを担当していたプロだ。
夫婦は、素晴らしいロケーションに立っていた元そば屋の木造店舗を居抜きで買い取り、改装は、智之さんが担当した。床をすべて張り替え、壁をぶち抜いて、海の見わたせる広々とした窓に変えた。海が見えるバーカウンターも造った。
店に入ると、黒いボードに、その日のメニューがぎっしり書かれていた。
やがてスプマンテをいただく頃には、あたりはすっかり夕闇に包まれ、暗い海の波音だけが耳に届いた。
まずは、よく冷えた白ワインで乾杯。これを、ぐっと引き立てた前菜は、珍しい地元ツチクジラのリエット。
南房総の旧和田町には、日本のクジラ漁が全面的に禁じられていた間も、細々と続いてきた小ぶりなツチクジラ漁が残っている。日本の海域に住むいわば在来のクジラで、海外で知られていない種類だったことから、お目こぼしによって生き延びた貴重な漁だった。年間の捕獲量はわずかだが、それでも地元の人は、クジラがあがると勇んで買いに走り、その食文化を大切にしてきた。