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2012年10月24日

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石川和男 (いしかわ・かずお)

政策アナリスト

1965年生まれ。89年東京大学工学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。電力・ガス自由化や再生可能エネルギー開発振興、環境アセスメントなどに従事。2007年に退官後、内閣官房企画官、内閣府規制改革会議専門委員などを歴任。現在、社会保障経済研究所代表。著書に『原発の正しい「やめさせ方」』(PHP新書)など多数。

 経産省を「原子力ムラ」の一員、電力会社の仲間と見る向きもある。しかし、経産省は長年、電力業界の影響力を低下させる方策を探し続けてきたと見るほうが妥当だ。原発を止めた結果上がってしまう電力料金を下げる魔法が欲しい政治家と、電力会社の政治力を削ぎたい官僚が呉越同舟しているのが電力自由化だと筆者は強く思っている。

 95年の卸電力自由化、99年の大口電力小売自由化に携わった人間としてはっきり言いたい。電力全面自由化を実行しても、既存電力会社の独占力を強めるだけで、電気料金はむしろ上がる恐れが強い。

 競争政策は競争相手を生み出せるかどうかが全てである。今回は卸電力市場の活性化も併せて進めるとのことだが、電力料金の大半を占めるのは発電所の建設・運転費用である。建設費は莫大で、環境アセスメントや用地買収で計画から稼働まで約10年を要する。運転費用の大部分を占める燃料費は、ほぼ全量輸入だから調達規模で決まり、小さいロットで安く調達することは困難だ。95年、99年の自由化でも新しく自前の発電所を造った新電力は数社だけなのに、さらに期待収益の低い小口向け(家庭用)で競争を起こせるとなぜ確信できるのだろうか。

 よく通信自由化になぞらえる論者がいるが、通信は電力で言うところの送電だけで、発電がない。ドミナント規制(支配的事業者への規制)で競争を起こせる通信と、発電の投資リスクが大きい電力は異なる。

 総括原価方式を見直せば電力料金が下がるというのも誤解である。99年改正で既に値下げの自由化(認可制から届出制へ)は実施済みだ。ここで値上げの自由化を行えば、今回東電の値上げ幅を10.28%から8.47%に圧縮したような芸当はできなくなる。先述のとおり新規参入は望み薄だから、既存電力は上げたい放題になってしまう。

 逼迫する電力需給、国富の流出、電力料金上昇といった国民経済への大打撃を考えれば、最重要課題は発送電分離を通じた電力全面自由化ではなく、再稼働・廃炉・使用済み燃料問題を含めた原発政策の合理化だ。

 政府は、規制権限は規制委にあり、供給義務は電力会社にあるという理屈で、世論受けの悪い再稼働から逃げ回っている。本来、電力を低廉かつ安定的に供給するシステムの維持は国のエネルギー政策を司る政府の役割である。「国策民営」を逆手にとって、その役割までも電力会社にアウトソーシングしている現状を改めるには、「原子力事業の国家管理化」しかない。

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