2022年12月4日(日)

WEDGE REPORT

2021年6月4日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

ほとんどのアメリカ人はアジア系アメリカ人について
何も知らないし、知ろうともしない

 要は、至上主義の担い手、白人が改まらない限り、米国の差別は簡単に収まらないということだが、白人を教育するのがいかに大変かを、パク・ホン氏は詳述する。

 <この問題に関わりのない白人に辛抱強く人種問題を教えるのは消耗する。自分にある説得力をすべてつぎ込まなくてはならない。なぜなら、人種についてのただのおしゃべりではなく、もっと存在論的な話になるからだ。なぜ自分が存在するのかを人に説明するようなものだ。あるいは、なぜ自分は傷みを感じるのか、または、なぜ彼らの現実と自分の現実は違うのかを説くようなもの。いや、それよりももっと扱いづらい問題かも知れない。なぜなら彼らには西洋史や西洋の政治、文学、大衆文化があり、そこにいない私たちは存在しないも同然と証明されているようなものだからだ>

 <ほとんどのアメリカ人はアジア系アメリカ人について何も知らない。ティッシュをクリネックスと呼ぶように、中国人はアジア人を代表する名称だと思っている。アジア系はあらゆる国から来ていて、そこにあるのは薄い連帯にすぎないということを彼らは理解できない。アジア系アメリカ人の「私たち」には実にさまざまな意味がある。東南アジアか南アジアか東アジアか太平洋諸島か、同性愛かストレートか、イスラムか非イスラムか、金持ちか貧乏人か。アジア系は皆、自分たちが嫌いなのか。自分をむしばむような私のエゴは、人種的な現象なのか、それとも私自身の問題? そう言えば、「コリアンは自己嫌悪がひどいね」とフィリピン人の友達に言われた。「フィリピン人はそれほどでもないよ」と>

 著者はアジア系の歴史を振り返っていくが、多くの白人はそんな史実さえも知らない。

 <西部開拓のための鉄道建設で鉄道2マイル(約3・2㌔)につき3人の中国人労働者が亡くなりながら、鉄道完成時の記念撮影では、白人の労働者に混じって写真に収まる中国人は一人もいなかった>

 <もしタイムマシンがあれば、白人だけがあの時代のこの国に戻れるはずだ。他の人々は戻っても、奴隷にされるか殺されるか、ひどい重傷を負うか、凶暴な子どもたちに追い回されるかだ。でも一日でもいいから危険覚悟で、1800年代半ば以降の反中国人運動のさなかの恐怖を見てみたい。その頃、中国系移民は家から外に出ることもできず、出ればつばを吐きかけられ、棍棒で殴られ、背中から撃たれる。運動は1882年の中国人排斥法で絶頂に達した。この法は特定の人種が米国に入るのを禁じた初めての移民法で、制定を前に議員やメディアは中国人を「ネズミ」「ハンセン病患者」と蔑むだけでなく、良きアメリカ白人の職を奪う「機械のような労働者」と呼んだ>

 アメリカの歴史の教科書では、後者、白人の職を奪うという点が強調されているが、パク・ホン氏は「ネズミ」、つまり中国人に対する虫唾がはしるほどの嫌悪感を先に挙げている。

 その根拠としてなのか、彼女は時代をさかのぼり、中国人排斥法の11年前にロサンゼルスで起きたリンチ事件を紹介している。

 <1871年には、中国人が白人警官を殺したという噂が広がり、ロサンゼルス市民約500人が中国人街に入り込み、少年を含む18人の中国人に拷問を加えた末、縛り首にする事件があった>

 <1917年、米政府は排斥を中国人だけでなくアジア人全体に広げ、その後、旧植民地のフィリピン人もそこに含むようになった。まさに世界規模の人種隔離政策である>

 <1924年には当時の優生学という醜悪な科学を引用し、アメリカ政府は、西欧、北欧以外のすべての地域に制限を加えるようになる。それ以外の地域からの移民を押しとどめる。 劣等な種(たね)がアメリカ人を汚染するからだと>

 長く毛嫌いしてきたアジア系をなぜ米国政府は受け入れたのか。

 <1965年、米政府は移民法を緩め、「質の低い人種」を受け入れるようになった。これは、米国がソ連とのつまらないイデオロギー論争に巻き込まれたからにすぎない。米国が非西欧の貧しい国々を覆い尽くす共産主義の大波を阻むには、(人種隔離を法制化したアメリカ南部の)ジム・クロウ法のイメージを一度消し去り、米国の民主主義の方が優れていると示さなければならなかった。その解決策が、非白人を招き、自分たちの目で米国を見てもらうことだった。この時期、(アジア系は)模範的なマイノリティーだという神話が、共産主義者と黒人を監視する意味からも、広く語られるようになった。その後、アジア系が成功していったことは、資本主義の宣伝となり、同時に、黒人への公民権付与を軽んじる材料にもなった。我々アジア系は過度に要求しない勤勉な良き民であり、政府からの施しなど求めない。従順、勤勉である限り人種差別などないと保証されている、と>

 アジア系はアメリカの門戸が開かれた瞬間から、従順さ、大人しさを義務づけられていたのだ。

=つづく

  
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