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2021年6月4日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

作家、毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

(Bohdan Skrypnyk/gettyimages)

 アジア系は「良い子」。1965年以降、急激に増えた新移民として模範的な立場を求められ、自分たち自身、勤勉さをひけらかすようにしてきたアジア系アメリカ人たち。そんな振る舞いをしてきたのは、自分たちの中に「白人の目」が植えつけられてきたせいだ。話題のベストセラー、『マイナー・フィーリングズ』を2020年に発表した韓国系アメリカ詩人、キャシー・パク・ホン氏は幼い頃から、白人が抱くアジア系のイメージに慣らされ、その白人の目で自分たち自身を見てきた。

 鬱病に近い状態にあった時、無理して発言者として出席した「詩人の集まり」で彼女は、白人を中心とした聴衆にほぼ無視されるという経験をする。それを振り返るうちに、彼女のアジア系に対する愚痴、自虐がとまらなくなる。

 <アジア系に欠けるのは存在感だ。申し訳なさそうにその空間にいる。本当のマイノリティーとみなしてもらえるような存在感がない。何らかの人種的な記号にさえなれない。レイシズムにさえ乗り遅れた、まるでシリコンのような存在>(『マイナー・フィーリングズ』より筆者訳、一部省略、以下同)

 <よく言われるのは、アジア系アメリカ人は曖昧だが、まるで煉獄のような中で生きているということ。白人でも黒人でもない。アフリカ系アメリカ人には信用されず、白人には、私たちが黒人をおとしめる役割をしない限り、単に無視される。私たちは数学の得意な中間管理職として会社をうまく回すが、決して昇進できない。なぜなら人を指導するそれっぽい顔をしていないから。私たちの中身に問題があり、内面に十分な資質がないと思われている。でも、傍目には無表情に見えても、水面下では気が狂ったようにあがいている。自分など取るに足らない者だという気持ちをかみしめながらも、その姿を隠すために過剰に反応してしまう>

 <ユダヤ人やアフリカ系アメリカ人の自己嫌悪文学は無数にあるのに、アジア系のそれは十分にあるとは言えない。人種的な自己憎悪は自分を白人の目で見ること。つまり自分自身が自分の最悪の敵になるということ。唯一の防衛策は、自分自身につらく当たることだ。衝動的にそうすれば、その自虐が快感となり、死ぬまで、自分自身をつつき続ける>

 自虐が身についた、劣等感を抱いた者が、人に欠点を言われる前に自分から先にひけらかすタイプ。彼女にはそんな癖が身についてしまっているかのようだ。

 <自分の見た目、声が好きじゃない。アジア系の顔の造作がはっきりしないと自分で思っている。まるで神様が顔の部位を作りかけて途中で放置したみたいに。同じ場所にアジア系がたくさんいるのが嫌だ。誰がこんなにアジア系を入れたの? と頭の中でわめいている。彼らと連帯するどころか、自分は周りのアジア人とは違うと感じている。そんな自分でつくった境界線ははっきりしたものではなく、むしろ自分も彼らと同じ群れの一員にすぎない。

 アジア系の自分嫌いは私の世代で終わればいいが、それは自分の居場所による。私が教えている(ニューヨーク州の私大)サラ・ローレンス大学には、勇ましく自信にあふれたアジア系の女性がいるが、他の大学に行くと、依然声を上げず、ネズミのようにおとなしいアジア女性ばかりだ>

 一人の日本人がどこか海外で大多数の日本人、あるいは中国人の団体に出くわした時に感じる居心地の悪さと、彼女の感慨はどこか似ている気がする。

 アジア系がたくさんいるということは、「同胞」が多数いることであり、寛げる状態と言えそうだが、そうなれないのはなぜなのか。海外でイタリア人が多数固まっていると、その場を離れたくなると、イタリア男性が言っていたように、この感覚は何もアジア系だけのものではない。

 「同胞」と書いたが、実のところ、私たちは中国人はもちろん、日本人のことも同胞だとは思っていない、いや同胞だとしても、同じだとは思われたくないとどこかで思っているのではないか。集団としての自分たちの特徴、性質が好きになれないのだ。

 パク・ホン氏の言葉が考えさせるのはそんことだ。でも、こうした集団としての同胞嫌いもやはり、彼女が言うように、自分の中に根づいた白人至上主義のせいなのだろうか。

 彼女のアジア系に対する嫌悪、自身の劣等感はどこから来ているのか。彼女はそれを探るため、幼い頃の自身の記憶を掘り下げていく。父のことだ。

 <(韓国から渡ってきた)父はいわゆる模範的移民だ。知らない人が彼を見れば、静かな威厳と優しさを備えた紳士と呼ぶだろう。その人柄は長年にわたってあらゆる人種、階級のアメリカ人を相手に、生命保険とドライクリーニングの営業をしてきたことで培ったものだ。だが、多くの模範的移民と同じように、彼はよく怒った。人種上のアイデンティティーはアジア移民の子どもたちをひどく苦しめる。でも、移民の親たちは人種の問題に平然としている。なぜなら、日々の仕事でそれどころではないし、自分たちの出自は出てきた国だと考えており、この問題については何も言うことがないからだ。だが私の父の場合、保険外交員という仕事柄、何事も人種が重んじられる状況を目に、自分の人種上のアイデンティティーを気にせざるを得ない立場にいた。もし私たち家族がレストランで席を待っていて、後から来た誰かが先に席に着いたら、父は、我々がアジア系だからだと言っただろう。もし、飛行機で彼が後ろの席にされたら、それは自分がアジア系だからだと言ったはずだ。

 私が大学の寮に入った時、父はルームメートの父親と握手を交わし、どこの出身かと問われ、韓国だと言うと、その父親は熱っぽく、自分は朝鮮戦争で闘ったんだと答えた。父は硬い表情で笑い、何も言わなかった>

 子どもはこうした親の一挙手一投足を見て育つ。そして、親の行動、表情から自分の人種上のアイデンティティーを探っていく。自分はどこにいるのか、どの地位にいるのか、このカースト社会のどこに属しているのかと。

 <「ここは白人が多いな」。アイオワの大学院に入った私を訪ねてきた父は静かにそう言った。私たちがウォルマートの駐車場に入り、駐める場所を見つけた時、父は「黒人はどこにいるんだ」と言った。

 「いつも笑顔で、ちゃんとあいさつするんだぞ」と父。「ここでは、とても行儀よくしないとダメだ」。「私の娘はアイオワ・ライターズ・ワークショップの詩人なんだ」と父はウォルマートのレジ係に言った。「本当?」とレジ係が応じた。「ここでは違法のUターンを絶対にしたらダメだ」と、運転する私が違法Uターンをするのを見て父は言った。「なぜなら、お前は、運転マナーの悪いアジア系と見られるからだ」>

 どれだけアメリカ社会の主流に入ろうと、ネイティブと同じように書き、語り、吠えることができようと、父母をはじめ家族から聞かされてきたこうした言葉が彼女の中に根深く残っている。

 父親は娘に知恵を授けている。それは、白人中心の社会で長年、最もやっかいな人間関係を築かなければならない営業職についてきた父が学んできたことであり、郷に入れば郷に従え、白人至上主義の世界ではその習わしに慣れろ、ということだ。

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