世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年6月7日

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 5月15、16日に行われたチリの制憲議会選挙では、ピノチェト軍事政権下で制定された現憲法を維持し新憲法に反対する、ピニェラ政権等右派の陣営が得票率で約2割にとどまり、議員数では新憲法阻止に必要な3分の1に達せず大敗した。

 新憲法は、6月から9ヶ月かけて、場合により3ヶ月の延長含みで起草され、国民投票に付される。制憲議会選挙と同日に行われた知事、市長、市議会選挙でも左派系が優勢であった。11月に行われる大統領選挙でもこの傾向が続けば、政権も左派系に交代する可能性が高い。6月のペルーの大統領選挙結果と並んで地域の政治バランスにも影響が出るであろう。

 ピノチェトの軍事独裁政権が民政移管する過程において、ピノチェト等軍事指導者が政治的影響力を引き続き有していたので、軍を優遇する軍事独裁政権時代の憲法がそのまま存続した。チリは、その枠組みのもとグローバル化と市場主義経済原理を活用して目覚ましい経済発展を遂げたわけであるが、他方で、大きく根深い経済格差と一般市民のための社会サービスやインフラの不足に対する不満が蓄積されてきた。富裕層を支持基盤とする右派のピニェラ連立政権ではこの大衆の不満に対応することができず2019年後半の抗議運動から今回の制憲議会選挙へのプロセスは必然的成り行きであったように見える。

 現在のチリでは、ジェンダー平等、先住民族の権利の承認、年金や教育の改革、市民参加の道の拡大、環境保護の強化、警察の改革などが強く求められている。人々は、尊厳、公正さ、そして敬意をもって自分たちを扱う、より敏感で包摂的な政府を望んでいる。制憲議会選挙で、左派や抗議運動の当選者たちは、こうした大衆の要求に応える改革を約束した。

 問題は、新憲法が何処まで急進的なものとなるか、更にその後の左派独裁政権化への道を開くものとなるのか、或いは、大きな政府ではあっても穏健な社会民主主義的憲法となるかであり、チリの将来やこの地域の政治的安定にも大きく影響してくるであろう。また、政治的急進主義への道を歩めば、企業の投資意欲が減退し、ビジネスに適した国というチリの評価が崩れてしまう。

 制憲議会の議論が社会民主主義的な方向に進むとしても、あまりに過激な改革となれば、右派や軍や警察の抵抗により、政治的不安状態に陥る可能性や、ベネズエラ化の道をたどる危険もある。他方、チリのビジネス上の強みを失わずに、多様性や包摂性の尊重といった民主主義理念と制度が守られれば、新憲法制定を契機にラテンアメリカのモデルとなるような国に生まれ変わることも不可能ではない。

 左派にはまだカリスマ的指導者がいるわけではなく、諸勢力の連合であり、急進派一辺倒ではなく、多少の柔軟性はあるのではないかとも推測される。左派急進派のアジェンデ政権の政策的失敗やピノチェト政権の人権侵害の経験を持つチリ人の賢明な選択が期待される。

  
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