2024年11月22日(金)

喧嘩の作法

2012年12月12日

 武器として知財を使うときに効果を発揮するのが戦術のスキルである。戦術をうまく使うためには、情報収集、分析の徹底と同時に“経験”がものをいう。戦術は頭で理解したところでなかなかうまく使えるものではない。畳の上の水練ではあまり身につかないのと同様だ。

 ホンダに入社して少したった頃に当時の西ドイツへ出張した。無論カバン持ちであるが、目的はB社本社でB社の特許とホンダが採用している技術との関係を議論する会議であった。B社は自社特許との関連を認めさせて、実施料を高くとりたいし、ホンダは技術の内容が違うとして払わないですませたい。

 1日目の会議はB社の担当役員も出席してなごやかに進み、会食では現地の有名な赤ワインを飲みながら互いに敬意を表した気分のいい会話が続いた。

 翌朝、日本からの連絡がホテルに届いていた。隣国オーストリアにて、B社がホンダを特許侵害で訴えたというのである。彼らは昨日一言もそれをいわなかった。

 我々は気持ちを引き締めて2日目の会議にのぞんだ。冒頭、「交渉することがわかっていてなぜ訴えたのか」と渋い顔をしながらきりだした。今でもありありと覚えているが、「今交渉しているのだからいいじゃないですか」とにこにこしながらいうのである。

 意図は明確で、交渉の主戦場の側面に新たな脅威をちらつかせる戦術である。側面に強力な騎兵がいるとわかれば、主戦場での戦いは浮き足だって早急に妥協を求めるであろう。交渉への影響は小さくない。彼らはにこにこし、ごく当然の戦術を使用しただけであり何が悪い、という顔をしている。

 こうした経験をすると、この戦術が身に付く。つまり、その後いろいろな場面でこのやり方が使えるかどうか考え、ときには使ってみる。例えば相手の動きが鈍いときや判断が保守的で硬直化しているときに使うと効果がある。相手のあせりや冷や汗のかき方まで想像できる。


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