チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年9月3日

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及川淳子 (おいかわ・じゅんこ)

中央大学文学部准教授

日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。外務省在外公館専門調査員(在中国日本大使館)等を経て、現職。専門は、現代中国社会、政治社会思想、言論空間。著書に、『六四と一九八九』(共著、白水社、2019年)ほか。

 ダムの運営を管理する中国長江三峡集団有限公司のウェブサイトによれば、三峡ダムの堤頂は185メートルの高さで、常時満水位(平常時の最高貯水位)は175メートル、洪水貯留準備水位(洪水期の制限水位)は145メートルである(中国長江三峡集団有限公司ウェブサイト)。

 豪雨によってダム湖への流入量が急増すれば、放水ゲートを開けて放流し、越水しないように流出量をコントロールする必要がある。流域への影響を最小限にするために、刻々と変化する雨量、ダムの貯水位、貯水量、貯水率、流入量、放流量などの情報公開が不可欠だ。

 中国政府の水利部(中国政府機関の「部」は日本の「省」に相当)が管轄し、湖北省武漢市に拠点を置く長江水利委員会水文局のウェブサイト「長江水文網」には、トップページ上部の赤字部分は、洪水対策に関する習近平総書記の重要指示がなされている(長江水分網ウェブサイト)。長江水系のリアルタイム情報が掲載され、「三峡水庫(三峡ダム)」を含めた流域の水位や流量に関するデータが提示されている(長江水分網ウェブサイト)。

 また、水利部が運営する「全国水雨情信息(全国水勢降雨量情報)」のウェブサイトで検索すると、以下のように、三峡ダムの貯水位、流入量、放流量に関する直近のデータを確認することが出来る。8月下旬、流入量の増加にともない水位は上昇し、洪水貯留準備水位の145メートルを上回る情況が続いていることが分かる。

全国水雨情信息ウェブサイト。三峡ダムの情況について、8月31日時点の検索結果のキャプチャーで、グラフの赤線は流入量、青線は貯水位、緑線は放流量を意味する(筆者作成) 写真を拡大

 貯水位が上昇しているにもかかわらず放流量を抑えている理由は、ダム下流域での洪水を防御するために貯水量を増やしてコントロールしているからだ。

 ダム事業の主要な役割は、豊水期に洪水対策として運用し、渇水期に放流して水力発電や水資源調達に運用することだ。三峡ダムは最高貯水位の175メートルまでは正常水位の範囲である。

 近年、長江上流域や支流においても大規模ダムが建設され、流域全体で治水事業の整備が進んでいるという報道もある。三峡ダム決壊の不安を煽るような情報には冷静に対応する必要があるが、そのためにも情報公開による透明性の確保が不可欠だ。

長江三峡ダムは中国近現代史の縮図

 インターネットや海外メディアで「三峡ダム決壊説」が繰り返されるのはなぜか。その要因として、ダム湖の堆砂問題や周辺環境に及ぼす影響など、他に類を見ない規模の巨大ダムであるために様々な問題が解明されていないことが指摘されている。

 筆者は、三峡ダムと政治、そして、言論封殺についても指摘する必要があると考える。

 古来より、中国において「治水」は「政治」であり、為政者にとって「権力」の象徴だ。三峡ダムは1993年着工、2009年に竣工したが、開発をめぐる百余年の歴史がある。

 1919年、孫文が国家建設の構想を描いた著書『建国方略』で提起したのが原点だ。中華人民共和国の建国後、毛沢東は「高峡出平湖」と詠い、絶景の三峡に世界規模のダムを建設することを悲願とした。国内外の情勢によって計画は先送りとなったが、晩年の毛沢東はその健在ぶりを誇示するために長江を遊泳する写真を公開した。その後、建設が実現したのは鄧小平の時代だ。

 孫文が提起し、毛沢東が夢想し、鄧小平時代に着工した三峡ダムは、中国近現代史の縮図でもある。習近平総書記が視察した際には、「中華民族の偉大なる復興」と賞賛し、「中国の夢」が強調された(新華通訊社、2018年4月25日、習近平総書記の三峡ダム視察を伝えている)。

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