チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年9月3日

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及川淳子 (おいかわ・じゅんこ)

中央大学文学部准教授

日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。外務省在外公館専門調査員(在中国日本大使館)等を経て、現職。専門は、現代中国社会、政治社会思想、言論空間。著書に、『六四と一九八九』(共著、白水社、2019年)ほか。

 筆者の手元には、アメリカ在住の知人である李南央から贈られた1冊の本がある。『長江啊(長江よ)』と題した表紙には、専門家、ジャーナリスト、党や政府の高官を務めた95人の名前が記されている。

李南央編『長江啊』アメリカ:渓流出版社、2020年

 編者の李南央が「反対者の記念碑」と記したように、同書は三峡ダムの建設に反対した論者たちの資料集だ。言論統制が強化されている中国国内では出版の可能性を模索することも出来ず、在米の中国系出版社から刊行された。

 李南央は、三峡ダム反対論者の代表格だった李鋭(1917-2019)の娘だ。1950年代、李鋭はその大胆率直な主張が毛沢東に気に入られ、建設反対派にもかかわらず秘書に抜擢されたという逸話の持ち主だった。

 秘書でありながら毛沢東に異を唱えた李鋭は、科学的な政策論争のために「言論の自由」を重視した。中国の民主化を主張し続け、天安門事件の際は武力弾圧に反対した「党の良心」としても知られた。李鋭の著作は『論三峡工程』を含め発禁処分となり、言論は徹底的に封殺されたが、101歳で死去するまで体制内から民主化を訴え続けた。

 『長江啊』には、三峡ダムが中国における民主化の歩みと挫折に深く関わっていたことが記されている。李南央は、「天安門事件がなければ、三峡プロジェクトは着工しなかったはずだ」と主張している。

 同書の前半には、ジャーナリストの戴晴が1989年に出版した『長江、長江』の全編が収められている。1980年代後半、自由と民主を重視した胡耀邦総書記のもと、三峡ダム建設の是非をめぐる活発な政策論争が展開された。戴晴は専門家の論考やインタビューを編集し、1989年2月に『長江、長江』を出版した。同年3月の全国人民代表大会で可決の見込みだった計画が延期された背景には、貯水位や堆砂の問題、大規模な移住や環境負荷などを指摘した同書の影響があったと言われている。

 だが、胡耀邦が死去し、学生や市民による追悼活動が民主化運動に発展した後、6月の天安門事件に至る。民主化運動の最前線にいた戴晴は逮捕され、懲役刑となった。『長江、長江』は発禁処分となり、中国国内では現在でも禁書扱いだ。日本では翻訳出版された(『三峡ダム――建設の是非をめぐっての論争』築地書館、1996年)。

政府や党は水害だけでなく、言論に気をもむ

 奇しくも、民主化運動の武力弾圧を指揮した李鵬首相は、ソ連に留学して水利開発を学んだエンジニア出身だった。天安門事件の後、三峡ダム建設を推進して巨大な既得権益集団を形成したという批判もある。

 『長江啊』の後半部分には、李鋭の論考のほか、清華大学水利学部教授だった黄万里が建設反対を主張し続けた公開書簡や遺言のメモが収録されている。『長江啊』は三峡ダムをめぐる論争と、言論封殺の歴史を記録した貴重な資料だ。

 中国メディアは三峡ダムの堅牢さを強調するが、党や政府と異なる見解が掲載されることはない。当局は、豪雨と洪水に対する警戒だけでなく、言論に対する危機感を強めているのだ。

 前掲したウェブサイトに表示される三峡ダムの水位を注視しながら、データを観察する重要性と、データからは見えない歴史を直視する必要性を痛感している。

  
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