宇宙人の言葉
「今回、言語学エッセイとして取り上げた項目は16ありますが、ご自身もっとも“格闘した”と思われた項目はどれですか?」
「苦労して原点に取り組んだ、という意味では、第6項の〈宇宙人の言葉〉でしょうか」
この項では「言語学界の巨人」と呼ばれるノーム・チョムスキーの「宇宙人の言語は地球人の言語とあまり変わらない」という主張を、反論や反反論を含めて検討している。
チョムスキーの言語の生得説によると、赤ん坊の脳内には(英語であれ、日本語であれ)個別の言語知識を生み出す装置が備わっている。言語的刺激の多少や偏りに関係なく、誰もがある年齢で言語使用ができるようになるというのだ。
そこから、「言語とはそもそも何か?」という根源的な問いに達し、次のように定義する。
「自分が認識した状況や自分の内部状態(思考、感情など)を、何かの信号(音声、文字、手話など)で表現して他者に伝えられるようにしたもの」
宇宙人の言語も信号の組み合わせであることは確かだが、信号が例えば色(色彩)なら地球人には理解できないことになる。
その点、人類(地球人)の言語は、限られた数の音声や文字の組み合わせで、無限の信号を発信することができるという長所がある。
「ところで川添さんは、本書の中で自身を“元研究者”と称し、“もう論文は書かない”とも述べていますね。4年前まで国立情報研究所の特任准教授だったのに、もうアカデミズムの世界に戻らないのですか?」
川添さんはゆっくりと頷いた。
「私は学者として中途半ぱと言うか、研究職に向いていない性格なんです」
「でも、今回のエッセイのテーマは言語学ですし、他に『自動人形の城』のような小説も書かれていますが、そちらのテーマも言語学ですよね?」
「学術的なテーマを物語に落とし込んだらどうなるか、エッセイという形ならどうか、そうした方向は書いていて楽しいんです。自分でも先へ先へと書ける気がします。だけどアカデミズムの世界での研究一筋の毎日はキツイですね」
書くこと自体は好きなので、自分としては言語学の成果を論文以外の形で一般読者に手渡す役目を果たしたい、とのこと。
そう言えば、これまでの著作10冊のうち、実に5冊が小説作品である。
「小説のテーマはすべて言語学ですか?」
「いいえ、キリスト教をテーマにした作品もあります。これからはフリーの書き手として、言語学以外のものも少しずつ増やして行くかもしれません」
バーリ・トゥードとは、川添さんの洋々たる未来のことでもあったのか!?