「バーリ・トゥード」とはポルトガル語で「何でもあり」。ルールを無視した格闘技の1ジャンルのことである。
『言語学バーリ・トゥード ROUND1 AIは「絶対押すなよ」を理解できるか』は、元言語学研究者の川添愛氏が、東京大学出版会のPR誌に連載した言語学に関するエッセイ集。タイトルにあるように、「趣味のプロレス」情報を盛り込んで笑いを誘い、多くのメディアで注目を集めている。
「例文に長崎弁の“とっとっと(取っておいてある、の意)”が挙げられています。言語学の中で現代日本語を専攻したのは、川添さんが長崎県出身で、独特の方言を使っていたことも、理由としてありますか?」
「あるかもしれませんね。ただ、直接的には、九州大学文学部の学生だった頃、先生から勧められたんです。お天気が下り坂、とは言うけれど、上り坂とは言わない。なぜかと尋ねたら、“そういうことが気になるのなら、言語学を専攻してみたら?”と」
言葉への関心は10代の頃からあったという。
言語学が、言葉の奥に潜む仕組みを解明する学問なら、〈AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか〉の項目は恰好の例だ。
「絶対に押すなよ!」はダチョウ倶楽部の上島竜兵が、熱湯風呂の縁で四つん這いになり、後ろのメンバー2人に言うセリフ。
言葉の意味は「自分を押すな」だが、この状況下での意図は「押せ!」。
真逆である。
言葉を本当に理解するには、意味だけでは不十分。意図の理解が欠かせず、そのためには、話し手と聞き手の間にそれまでの文脈の相互理解と共有の取り決めがなされている必要がある。
つまり、AIに言葉だけを教え込んでも、意図の伝達は非常に困難ということになる。
「我々が日常話している言葉は、本来それだけ曖昧で不正確なものだ、ということですね?」
「はい。本でも書きましたが、“回せ”と言われ、当方がバトンを持っていれば中央部を持ってバトンを回すでしょうし、焼き鳥を焼いていれば、火の上で串の軸を回す。扇風機なら、スイッチを入れる。道具の用途を知っているから指示の動作ができますが、知らなければ言葉の意図は伝わりません」
次に、文中で気になるプロレスの話題である。
類例として取り上げられているのはラッシャー木村の「こんばんは」事件。
「金網デスマッチの鬼」木村が初めて新日本プロレスのリングに登場した時、会場が緊張に包まれる中、第一声が「こんばんは」で、失笑と爆笑が発生。なぜそうした反応が起きたかを分析、解明してみせた。
「プロレスはお父さんと一緒に子どもの頃からテレビで見ていたそうですね。プロレスの話題が言語学エッセイのエピソードに向いているのは、極端な台詞が多いから?」
「今はネット言論のように、自分は隠れたまま一方的に攻撃する時代です。けれど、プロレスでは相手を攻撃すると自分も攻撃されます。リングの上で堂々と行われ、若手もベテランもなく公平で平等。しかもレスラーのキャラクターがはっきりしていて印象に残る言葉や台詞が多い。他のスポーツとかなり違う小世界を形成している、と私は思います」
「お好きなレスラーは?」
「全日本プロレスの2人組の暴走大巨人とか、あと鈴木みのるとか」
「すみません。知らない名前ですが、彼らは本の中に出てきませんよね?」
「ええ(笑)。彼らの闘い方や人柄が好きなんですね。プロレスを見ない方々への知名度となると、“
(あとで調べると、世界タッグ選手権で5連覇を果たした暴走大巨人(諏訪魔と石川修司)は、6連覇失敗後の今年1月に解散。新日本プロレス出身の鈴木みのるは、ヒール(悪役)として有名だが、人格者とも称される)