政治と私欲・私心
次に、政治については、政治と私欲・私心についての文章が興味深いので、これをまた評者なりにまとめていこう。
野田氏は言う。私欲・私心のない政治は多くの人が求める理想であるが、これを性急に求めるとかえって思わぬ陥穽が待っていることに気づかされるだろう。
政治家の私欲・私心の対極にあると見られるのは正義感である。正義感あふれる政治家が公共のために尽くすというのは最も望ましい政治の姿と考えられやすい。しかし、例えば帝政の不正を激しく憎み正義を実現しようとする理想にあふれた人々によって行われたのが1917年のロシア革命であったが、その帰結があのスターリンによる数千万人に及ぶ恐ろしいまでの大量虐殺だった。スターリンでなくトロツキーならば、という人もいるが、反対派の存在を許さずソビエト政権への異議は一切認めなかった人による政治では、結果はあまり変らなかったのではないだろうか。
というのもフランス革命がそうなのだが、革命は正義の名において多くの犠牲を出すことを当然視する人によって行われることが多いからだ。全てが政治家の主観的な正義によって処理される革命では正義は転じて最も恐ろしい独裁などの悲劇の原因となりやすいのである。
革命は極端なケースだとしても、こうした政治家の正義感による政治の危険性を少しでも避け、私欲に汚されない政治を望むとすれば、それは厳格な法律とその適用を求めることになる。あらゆる汚職を根絶する徹底した法制度を整え厳しく取り締まっていく方法である。
ただ、これにもやはり大きな限界がある。というのも、一切の私利私欲を禁じるような厳格な法制度を作ることはもともと不可能であり、もしそのようなものができたとしてもあまりの煩わしさにその制度の下では政治家は窒息しそうになり、およそダイナミズムのない政治になる可能性が高いからである。
いや、実は反論も予想されうるこの点は、この問題の焦点ではない。政治家の私欲と言うと金品のことを人は考えやすいが実はもっと根本的な問題があるのだ。
正義ある政治を行うためには
最も厄介な問題は人間関係を通じて勢力を広げ、いわゆる派閥を形成して政治を私するようなタイプのものである。こういう類のものはどこまでが正当な政治活動でどこからが私利私欲であるかなどを判別することはほとんど不可能に近い。したがって法的な規制の対象にもしにくい。
そうだとすれば、最初から比較的無害な政治家の私利私欲は取り込んで、それでいて極端な政治腐敗を回避できるような体制を構築した方がずっと現実的なことに気づかされるだろう。
そして、そういう人間観に立って現存しているのが英国や米国の政党政治・議会政治なのである。人間存在とともに根絶のしようのない私利私欲を完全に法的に規制したりするよりも、政権交代によって政治腐敗を清算する方がよほどダイナミズムをも確保しうる政治が行われ得るのである。
以上、ここからは、自由な言論に基づき複数の政党が競争し、政権交代の起こり得る議会制民主主義の政治ほど大切なものはないということにあらためて気づかされるであろう。結局現代日本の政治において正義ある政治を求める人は、政権交代はどのようにすれば可能かを考えた方が良いわけである。
政治家の私利私欲という点については以下のような考察もなされているので最後に触れておきたい。
政治的リーダーシップと権力欲については、20世紀に困難な状況の中、卓越した政治指導を見せた吉田茂・アデナウアー・ドゴールなどの経験が参考になる。彼らは権力の座にしがみついて野垂れ死にしたとしてとくに引き際から評価が低くなることがある。しかし、最後まで執念を捨てずに権力を維持し政策を実現しようとした姿を顧みると、それほどまでの権力への執着なくして政治指導者として果たして彼らほどの見るべき成果を上げ得たのかという疑問も生じる。
民主主義というものは、権力の座にしがみつこうとする権制欲の強い政治家とそれをチェックし政治指導者を権力の座から引きずり降ろそうとする一般有権者との激しい攻防戦という形をとって初めて充実したものとなるのではないか。
確かに戦前の日本は、権力欲旺盛な政治家ばかりの政党政治に辟易した大衆が権力欲の薄い清潔な政治家を望んだ結果、近衛文麿のような強力なリーダーシップのない政治家を生み出し、戦争への道を歩んでしまったのである。昭和10年代は毎年のように首相が代わり、それが敗戦の道につながったのである。政治家は権力欲が薄い方がいいというのは権力闘争に敗れた政治家を惜しむ判官びいきのような感情のところがあり、政治家の正確な評価とはいえないことを国民は自覚する必要があるのかもしれない。考えさせられる考察と言えよう。
野田氏の著作を読みながら歴史から学ぶことの意義を新たに思い知らされた気がした。編者の労を多としたい。
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