宮城占拠事件の真相
次に軍法会議録の意義の一例を具体的に書いておくことにしよう。『Wedge』(2021年9月号)に載せた宮城占拠問題のことを挙げておくとよいだろう。二・二六事件をめぐる大きな謎に青年将校はなぜ宮城占拠をしなかったのかということがあった。事件に詳しいとされた人が、占拠計画はあったが、かれらはどこまでも秘密にしており裁判でも全く触れていないと主張していたものであった。しかし、(その時にも少し触れたが)正確に紹介すると軍法会議録の栗原安秀中尉の訊問調書には以下のようにあるのだ(00353100-0059)。
「問 宮中の外廊を押えるという計画はあったのではないか
答 それはありましたけれども宮中に向けて彼是(かれこれ)するのはよくないというので遣(や)らぬことになったのであります」。
秘密どころか、計画を検討したが「遣(や)らぬことになった」と明確に述べられているのである。どうして彼らの結論がそのようになったのかについては後述の拙著に書いてあるので参照されたい。
なお、最近海軍側の資料が発見されたとしてNHKで放送されたが、事件の研究に長期的に従事した者が加わっておらず、軍法会議録もチェックされていない、疑問が極めて多いものであった。
例えば、事件計画の中心人物(「事件の首謀者」)とされた人名が挙がっていたが、こうした計画の中心人物についはすでに憲兵など治安維持担当者は以前から把握しており、尾行などが行われていたのはよく知られたことである。そうしたこれまでの研究が明示されていないのは奇妙でさえあった。懸案の文章はどういう書類・用紙のどこにどういう文脈で書かれたものなのか、この点が明示されていなければ資料価値や成果の意義が判定できないのである。この資料の全文の公開を見た上で本格的検討・批判をしたいと思っているがなされないのであろうか。NHKの放送内容は公共性が高いだけに、早くこうした状況を改善し資料を国民の共有財産にしてもらいたいものである。
優れた成果はゼロではない
最後に、最近の優れた研究成果がゼロではないことを著しておきたい。事件以前の青年将校運動と共産主義運動の関係について新しく意欲的な発見をした加藤陽子『天皇と軍隊の近代史』(勁草書房、2019年)や青年将校運動の内部を再検討した福家崇洋「二・二六前夜における国家改造案 : 大岸頼好『極秘皇国維新法案前編』を中心に」(『文明構造論 : 京都大学大学院人間・環境学研究科現代文 明論講座文明構造論分野論集 (2012), 8: 1-80』)のような成果がある。また、私の著作としては『二・二六事件と青年将校』(吉川弘文館、2014年)があるので参照されたい。
■魚も漁師も消えゆく日本 復活の方法はこれしかない
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