従業員は一歩会社の外に出れば消費者、つまり顧客になる。だが彼らの給与は一向に上がらない。いきおい顧客として低価格を要求し続ける。だからまた経営者は価格を上げられない。これは過去10年以上続く「すくみ」の循環である。企業は本来、顧客に対して何らかの付加価値を提供し、それに対して他のステークホルダーの利益を満たすような適正な価格を設計するのが健全な姿である。
もし十分な付加価値があるにもかかわらず、価格に反映されてこなかったなら、それは従業員や株主に対する機会利益を奪ってきたことになるわけで、彼らに対する利益相反である。
ステークホルダーの中でも、従業員は企業の一員として顧客に向かい合い、株主の期待にも応えるという点で、極めて経営に近い存在である。その近さゆえか、従業員の扱われ方や処遇が軽視されている感は否めない。企業にとって従業員は財産のはずであり、「人財」である。
しかし、バブル崩壊以降、「人財」は人件費という「コスト」として扱われるようになった。特に小泉純一郎政権下の労働規制緩和は、「財産」から「コスト」への変化の流れを助長した。
給与が増えず、「貧しい日本」の実感が増す中、経営者は従業員の「財産性」を今一度考えてみるべきである。製品・サービスに付加価値を生み出せるのは人材だけだからだ。AIやロボティクスによる自動化の導入は、効率性こそ生み出すかもしれないが、それそのものは付加価値にはならない。その仕組みを考案・導入できる人材こそが、事業の効率化上昇という付加価値をもたらしているのだ。
目下ESG(環境・社会・企業統治)が経営上の大きなテーマになっており、経営者は、環境やサプライチェーン上での人権という新たなステークホルダーへの責任を意識せざるを得なくなってきた。
しかし先述の通り、社内の従業員とは経済全体のマクロレベルでは消費者、つまり顧客である。彼らの消費意欲が上がらない限り、日本経済の浮揚はない。今こそ従業員という最もコアなステークホルダーへの意識を変えないと、「貧しい日本」は本当に定着してしまうであろう。
業種間の所得格差が
生まれる秘密
目線を変えて、業種間での給与格差についても考えてみよう。ビジネス分類の一つの方法論として、顧客が個人であるか法人であるかにより、BtoC、BtoBという概念がある。この両者を比べた場合、製品・サービスの付加価値を価格に転嫁して、価格の上方弾力性があるのはBtoBの方だ。価格を上げられれば、利ざやが厚くなり、結果として従業員の給与はBtoCの業態比で優位になる。
BtoCの中でも、医療、介護、農業、小売、物流、教育のような労働集約型でCtoCとも言えるような業態がある。この業種におけるアウトプットは生身の人間からであり、アウトプットが工場からなされるBtoCの他の業種と比べると、規模の経済の面からどうしても生産性が劣ってしまうために利ざやが薄くなってしまうのだ。
BtoBの業態でも、大企業を顧客とする中小・零細企業は、ステークホルダーに関する図の「取引先」のように、納入先との力関係から苛烈な取引条件を飲まされて、付加価値を価格に反映できないケースが多い。
一方、BtoBの中でも投資銀行、戦略コンサル、弁護士、会計士、投資ファンド、総合商社(※総合商社の収益源は、以前はトレードによる口銭であったが、近時は事業投資を積極的に行い、投資会社的な色彩を強めている)などでは、アウトプットが生身の人間からなされ、いわばCtoBと言える業態だ。