習国家主席にしてみれば、プーチン大統領による一方的な勝利は望むところではないだろう。なぜなら、それは「赶美」の戦いにおいてプーチン大統領に出し抜かれることにつながるからだ。
今回のウクライナ侵攻に対し習政権が現時点まで明確な立場を示していないのも、ロシア敗退の可能性も想定しているからではないか。プーチン大統領に明確に加担する姿勢を見せないことは、逆にバイデン大統領に〝恩〟を売ることにつながらないか。
やはり習国家主席は「洞ヶ峠を決め込む」。それによってロシア軍のウクライナ侵攻の推移を見届けることが出来る。あるいは頃合いを見計らって、停戦の仲介役を買って出る備えをしているとも考えられる。そうなった場合、バイデン大統領とプーチン大統領とを加えた3指導者間で、習国家主席が一頭抜きん出た立場に立てそうだ。それは「赶美」への近道であり、あるいは世界トップの座への跳躍台になる可能性となるかもしれない。
習国家主席はロシアの大勝も大敗も望まないだろう。前者の場合はプーチン大統領の、後者の場合はバイデン大統領の威信を共に高めてしまい、国際社会における習国家主席の影響力低下を誘発する危険性を孕んでいるからだ。
習国家主席が望むのはロシアの辛勝か惜敗だろう。辛勝にせよ惜敗にせよ、欧米諸国の厳しい経済制裁を含めロシアの弱体化は避け難く、弱体化したロシアは〝戦後復興〟の道を中国に求めることになる可能性は高い。
そうなった場合、習国家主席は経済支援をテコにしてプーチン大統領(あるいは、その後継者)を掣肘することが可能になる。いずれにせよロシアに対する中国の影響力は必然的に拡大し、習国家主席は「赶美」の戦いにおいてロシアの頭を押さえることが出来る。
バイデン大統領の立場の強化に繋がるロシアの大敗も、習国家主席は望まないだろう。
台湾侵攻は中国にとっても命取りとなり得る
戦況がロシア優位に推移した場合、あるいは習国家主席はバイデン政権の弱腰を見切ったうえで、「中国統一」を大義名分に掲げて台湾への軍事侵攻に踏み切る可能性も考えられないわけではない。いわば毛沢東がフルシチョフに向けて放った一言と同じで、米国との戦いでロシアの後塵を拝するわけにはいかない。それが国家、わけても国際秩序の統御を強く志向する国家における指導者のメンツと言うものだろう。
だが習国家主席は大躍進における毛沢東の蹉跌(さてつ)を思い起こすべきだ。現実を無視した無謀な計画は国民生活に混乱をもたらす。民心が離反するなら、一党独裁政権とはいえ政権基盤の脆弱化は避けられない。新疆ウイグル自治区に香港という大きな国際問題を抱えた上で、さらに台湾に向けて「統一」を強行したなら、文革で見られた「大後退の10年」を大幅に上回る「大後退」を余儀なくされるばかりか、「共同富裕」の建設は覚束なくなるだろう。。
文革時のように国境を閉じていた貧しい時代の混乱と違い、対外開放された現在、混乱は中国国内に止まらず、世界規模で拡散するだろう。いまこそ文革最盛時の1960年代後半、中国が国際社会から強く忌避された歴史を思い起こすべきだ。
あの時、中国を明確に支持していたのはバルカン半島に位置した弱小最貧国のアルバニアだけであった。アルバニアとの〝タメにする連帯〟だけでは、中国が「巨大な北朝鮮」から脱出することは不可能だっただろう。ましてや現在の経済大国なんぞは考えられない。
台湾への軍事侵攻は、文革時以上の国際的な反発を招くことは必至だ。中国は自らが国際経済の生命線を担っていると豪語したいだろうが、それは同時に国際社会が中国経済の〝命綱〟を握っていることを意味する。「双贏(ウィンウィン)関係」とは、そういう相互依存関係を内包しているのである。
加えて習国家主席は「中国人不打中国人(中国人は中国人を殺すな)!」の8文字を思い起こすべきである。仮に台湾を「中国にとって神聖不可分の一部」とするなら、その台湾に住む人々は当然のように「中国人」であろうし、「台湾人」は「中国人」でないと断定して軍事侵攻を強行するなら、「台湾は中国にとって神聖不可分の一部」との考えを自ら否定することを意味するのではないか。