――そうして独自の測定メソッドで、情報発信した結果、柏の野菜を買い控えていた消費者は戻ってきたのでしょうか?
五十嵐氏:戻ってきた部分と戻ってきていない部分があります。そこが現状の課題です。たとえば、非常にハイエンドで、都内や広域に宅配をしていた有機農家が最も契約打ち切りを被りました。こちらについては顧客が戻るというよりも、顧客が変化したことで立ち直ってきました。今までの顧客は広域だったのですが、子供の幼稚園のママ友のようなつながりから始まって、近所の人たちが買うようになった。こういったハイエンドな有機農家が大きなダメージを受け、地域の人たちの支えによって売り上げが回復するという現象は、千葉県の他の地域や茨城県でも見られるようです。
また、大規模な直売所でも最悪期は脱しましたが、まだ顧客が戻りきってはいません。僕らも野菜市を月に1度開催し、そこには震災前より多くのお客さんが訪れ、購入してくれる。しかし、イベントでは売れても、震災後2年間の間に日常の購買行動が変化してしまい、その慣性を解くことは容易ではない。リスクコミュニケーションの専門家は、安心感が醸成されれば顧客は戻ると想定しているがそんなことはないのです。この2年間野菜を食べない人はいない。となると違う地域の野菜を別の場所で買っている。このシェアを再度取り返さなければいけない。これは狭義の放射能のリスクコミュニケーションの段階を過ぎ、マーケティングの段階に入ったと僕らは認識しています。
――最近では関東だと鎌倉野菜などが人気です。マーケティングとしてはそういった野菜を意識しますか?
五十嵐氏:鎌倉野菜についてはものすごく意識します。京野菜や加賀野菜と違って、鎌倉野菜は在来固有種というわけではないんですが、珍しい野菜を含む少量多品種栽培がまず地域住民に支持されて、それから鎌倉という地域自体のブランド力、そして野菜を使う飲食店のレベルが高い。そういった部分がメディアで取り上げられ広域で人気となっている。柏にも鎌倉野菜と同じようなポテンシャルがある質の高い野菜はありますし、飲食店のレベルも高い。鎌倉をひとつの目標として目指せると思っています。これは震災後の今だから考えたことではなく、震災がなければ本来11年には、柏野菜のブランディングを目指したイベントや会議を開催しようと考えていました。
――こうした震災後の一連の円卓会議について約2年が過ぎました。円卓会議の活動も一区切りつき、社会学者としてどう考察されますか?
五十嵐氏:本書にも書きましたが、今回の震災で社会の分断があらためて明らかになりました。分断の背景には「可動性と移動への感覚の違い」があります。たとえば、避難に関し、放射性物質が人体にどれくらいの被害をもたらすかは科学者の間でも意見が分かれ見積もれないところがある。しかし、ネット上などでは東京の人が避難しない福島の人に対し「子どもを死に至らしめる」とか、また福島の人同士で、避難した人に対し「裏切り者」と罵り合う。これは避難や転居に伴う可動性の違いへの配慮が双方に欠けている結果です。避難することのメリットとデメリットがあり、そして可動性、つまり動きやすい人と動きにくい人がいる。可動性には、職業、ライフスタイル、地域性、家族構成など様々な要因が関係します。そうした可動性に関する感覚の違いは、放射能に関する判断以上に大きいように思います。