――東日本大震災、そして福島第一原発の事故が起きてから10カ月が経ちました。4月からは食品の放射性物質に関する規制値が見直されます。食品の専門家である高橋先生のもとにも様々な質問が寄せられたのではないでしょうか。
いくつかの消費者団体などから、「何の食材、どこの産地を避けるべきか」「放射性物質を排出する食べ方はあるか」といった内容の質問がありましたが、私は一貫して「ジタバタせずに、『普通』の食生活を送るべき」と回答しました。食品を避けることは個人の自由だとしても、「放射能を排出する食べ方」は、栄養学的に意味がないからです。
しかし、週刊誌やインターネット上では、幾度となく「放射能を排出する食べ方」が指南されてきました。このような、「ある食材や調理法によって放射性物質が排出される」という考え方は、私が提唱してきた「フードファディズム」と関連していると言えるでしょう。フードファディズムとは、「食べ物や栄養が健康や病気に与える影響を誇大に信奉すること」です。私自身がこの概念を初めて認識したのは、1991年に出版された「Nutrition and Behavior」からでした。
たとえば、放射性ヨウ素の取り込みを防ぐために、「わかめの味噌汁と玄米」を推奨しているという話を聞きました。栄養学的な観点から、現代の日本で一般の成人がヨウ素不足であるという状況は考えにくく、玄米も白米と比較して消化が悪いので、人によっては避けた方が良い場合もあります。「体に酵素を取り込んでガン細胞の増加を防ぐ」というのもナンセンスです。体の外からたんぱく質である酵素を吸収することは不可能だからです。
玄米や海藻を食べる理屈もそうなのかもしれませんが、食物繊維の摂取を推奨するケースもあります。しかし、食物繊維はどの物質と結合するかは分かりませんので、これも意味があるとは思えません。子どもに牛乳ではなく豆乳を与えるリスクも軽視されていると感じます。
繰り返されてきた「フードファディズム」
特定の食品・食材が放射性物質に効く、ということがあれば、とっくに医療に取り入れられているはずです。今回の食品の放射性物質の問題とフードファディズムは、コインの表と裏のようなものだと考えます。今回は原発事故がきっかけでしたが、フードファディズムという観点では、「これさえ食べれば」「何としてもこれを避けなければ」など、食べ物に即効性や効能を求めたり、逆に毒物のように忌み嫌ったり、という行動と根本的には同じだと思います。
過去約30数年でも、紅茶きのこ(1975年頃)、酢大豆(88年頃)、ココア(96年頃)、にがり(03年頃)、寒天(05年夏)、白いんげん豆(06年5月)、納豆(07年1月)、バナナ(08年9月)などが、「ダイエット効果あり」などと言われ、ブームになりました。寒天やバナナは各地のスーパーなどで品切れとなり、効果を望む人々の期待を一心に受けましたが、どちらも痩せるような成分は含まれていません。白いんげん豆については食中毒事件を引き起こし、納豆は番組内容の捏造問題にまで発展しました。
誇大とも言える食品の宣伝広告も問題です。「野菜」という言葉が商品名に使われた果汁70%の飲料は野菜ジュースではありません。また、ケーキやチョコレートなどの菓子類に脂肪が多いことは誰しも容易に想像できるでしょうが、いわゆる「バランス栄養食」と言われる商品にも、脂質からのエネルギー比率(Fat Energy Ratio)の高いものがたくさんあるのです。