2024年4月27日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2013年3月8日

 また、社会学で言う一般的信頼が毀損したことも大きい。震災前まで、多くの消費者は農薬のことなどほとんど知らず、お店で何も考えずに野菜を選び消費することができた。つまり、消費者は生産者と流通に信頼を置き、社会の中に信頼感があったわけです。こういう状況を、社会の中に一般的信頼があると呼び、これは社会の効率性が高まっている状態です。

 しかし、震災以降、政府の初動対応がうまくいかず、また食に関しても基準値をめぐり小売や生産者、流通への不信感が増した。今までの信頼が毀損したわけです。そうすると何が起こるか。コストが上がるんです。食の安全について信頼ができないから、延々と測定が要求される。測定をするとそれだけコストが上がる。僕らが円卓会議を通してしたことは、一旦は非常にコストのかかるきめ細かい測定をして安全性を確認し、個別農場がこの問題に正面から取り組んでいる姿勢を示すことで、最終的には「この農家や飲食店、流通は信頼できる」ということをみなさんに示すことだったと、今となっては思います。そして社会学では、そうした農家や飲食店、流通などの個別的な信頼の束が広がっていけば、食における一般的信頼へ至ると考えます。つまり私たちの活動は、一般的信頼を構築しなおす一助であったのだと。

――円卓会議は多様な利害を持つ主体が合意し決定することに意義があったと思います。

五十嵐氏:これまで住民運動というと、何かに反対したり、権利を要求したりすることだと思われがちだった。ただ、どんな問題にしても行政や企業が100パーセント悪者であることはなく、また運動の主体である市民の中にも利害の対立がある。「新しい公共」が求められる時代には、そうした市民の中の利害を調整しながら、文句を言うだけでなく地道に何かを築き上げる運動が展開されなければならないと思います。円卓会議の活動がパイオニアであると言うつもりないですし、すでにそういったスタンスの運動もありましたが、僕も市民自身による「調整」を強く意識して活動していました。

 震災後には、東電や政府の対応に国民の非難が集中しました。だからこそ、円卓会議では、市民の力で独自の測定メソッドを決定し、政府の基準を批判するわけではなく、セカンドオピニオンとして提示した。これからは、まず行政の基準や施策があり、その回りに企業や市民団体が提唱する複数のプラスアルファの基準や施策ができていく。そこでの行政の役割としては、そうしたものをプラットフォーム化していき、行政の基準に心配な方や納得が出来ない方には、セカンドオピニオンがあることを紹介していくようなことができればポジティブなんだろうと思います。

――これから本書をどんな人たちに手にとって欲しいですか?

五十嵐氏:最後にお話ししたことも含め、普遍的な問題も含んでいると思うので、農業や食に関する方々だけでなく、街づくりや地域の課題に取り組んでいる人全般に読んでいただけると嬉しいです。もちろん、まずは柏や福島の人たちに手にとって欲しいと思いますけどね。

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