パキスタンは、政治的・憲法的危機に陥っていた。3月8日、野党がイムラン・カーン首相(当時)に対する不信任動議を提出し、その後の多数派工作により動議可決に必要な過半数の172票を確保したと見られるに至ったが、4月3日、不信任動議で解任されることを嫌うカーンが(過去に任期を全うした首相はいないが、不信任動議で解任された首相もいない)、不信任動議は外国政府の介入によるものだとして動議を却下させ、次いで下院を解散させて選挙に持ち込むことになった。
ところが、4月7日、パキスタンの最高裁判所は5人の裁判官の一致した判断として、カーンに対する不信任投票の却下、下院の解散、および選挙の実施は憲法違反との判決を言い渡した。これを受けて、下院は――14時間におよぶカーンの党の妨害行動の後――10日の未明に過半数を超える174票をもって不信任案を可決した。
次いで、翌11日、カーンの党が退席した下院で、最大野党「パキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派(PML-N)」のシャバズ・シャリフが首相に選出された。彼は、かつて3度もパキスタンの首相を務めたナワズ・シャリフの弟である。第二野党「パキスタン人民党(PPP)」のビラワル・ブットー・ザルダリ(元首相ベナジール・ブットーの子息)も当面シャバズ・シャリフに協力する意向のようである。
最高裁判所が憲法違反の判決を出したことが予想外のことだったのか(予想外のことだと書いている識者もいる)、それとも当然のことだったのか、明らかでないが、パキスタンの最高裁判所の独立性・中立性が国際的に評価されているとは聞かないので、カーンが軍の支持を失うなど政治の空気を読んだ上での判決だったのかも知れない。
しかし、パキスタンの政治的・憲法的危機がこれで去ると見るのは早計であろう。カーンは静かに消えるつもりではなさそうである。現在の下院は来年8月に任期切れとなるが、選挙が前倒しになるとの憶測もある。次期選挙での政権復帰を目指して彼は政治をかき回すであろう。早速13日、集会を開き、「『外国の奴隷』になるのか、それとも自由を選ぶのか」と訴えたが、今後、全国で集会を展開する積りのようである。