地域包括ケアに重要な患者からのアクション
言葉としては浸透している『地域包括ケア』だが、その実現はそう簡単ではないようだ。訪問看護の現場にいる吉村氏は「区によっても地域包括支援センターによっても、個人情報漏洩リスクなどの情報管理の考え方が全く異なるため、横連携がとれないこと」と現状を指摘する。
「たとえば訪問看護師は、総数は足りていて偏在している。地域のデータベースがあり、訪看ステーションがアクセスでき、『患者さんが見きれないから助けて』といった横連携ができるとリソースが生かせるはず」。本来、MCSおよび介護・看護のICT活用が到達したい目標地は、的確にして遠い。
ただ昨今では、在宅医療、在宅介護に力を入れる医療側による価値観の変化が起きつつあるという。「これまでは『死は医療の敗北』『だから在宅医療は、敗北の医療』という価値観があったようだが、現在では急性期の病気も在宅で見るケースが増えている。在宅医療にまつわる連携に意欲的になる傾向は強まると思われる」と見藤氏は指摘する。
利用者にとってベストな状態をつくるために患者側から起こせるアクションもありそうだ。従来型の患者は「先生の言う通り」という受け身な姿勢であったと言えるが、「主体的に自分の身体状態に関わっていく」というリテラシーの高い患者が今後増えれば、患者側からICT導入も含めた医療介護のさらなる連携を求めていく声が大きくなるかもしれない。
また、そうした利用者の声や連携を強めることによるメリットが医療介護事業者の経営的な利益となる環境づくりが望まれる。現場の 〝決裁者〟が導入を決断するための動機付けまでをワンセットとして産業を成立させる仕組みづくりが課題となるのではないか。
ICT技術ではなく、本当に必要なもの
取材を進めるごとに、ICT導入の推進力になるものも、その重要な片輪である『ホスピタリティ』の源泉にあるものも、〝顔の見える関係〟だということが詳らかになっていく。一見過疎化が進んでいる将来不安なエリアであっても、この関係が構築できていればICT化はスムーズに促進され、コロナ禍のような緊急時にもセーフティーネットが働く。
逆に、そうした関係づくりをないがしろにしたまま進行していくエリアでは、いくら技術開発が進んでも導入の阻害要因が据え置かれ、高齢社会でますます取り残されていく。またインセンティブという餌だけでは持続可能な介護環境は生まれない。
都市であろうと地方であろうと、地域の中で〝顔の見える関係〟を構築する中でこそ最後まで暮らしの質が担保されると言ってもいい。介護のICT化さえもが、それを証明している。時間をかけて人間関係を築き上げることを割愛して『いい介護』を得る、という近道はない。
2008年をピークに、日本の総人口は急降下を始めた。現在約1億2500万人の人口は、2100年には6000万人を下回り、半分以下となる見込みだ。人口増加を前提とした現行の社会保障制度は既に限界を迎えている。昭和に広げすぎた風呂敷を畳み、新たな仕組みを打ち出すときだ。
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