父の看取りまで関わった東京都港区に拠点のある訪問看護ステーションみなもと看護師の吉村英敏氏は、介護現場でのICT導入の現状について「医療版SNSののようなオンラインツールはあるにはある。でも実際には使うメリットが感じられない」という。
「在宅介護・看護は、患者ごとに担当する事業者や個人が異なり、異業種間で互いをよく知り合うことができていない場合もある。そうした関係者が突然SNSで連携をするというのは意外に難しい。またそもそも医療、介護、患者という三者の共通言語を見つけるのも困難で、ツールはあっても使いこなすための環境が構築されていない」。
機器があるだけでは連携ができない現実
医療関係者であれば自由に無料で利用できる医療版SNSとして「メディカルケアステーション(MCS)」がある。非接触を求められたコロナ禍で利用者が急増し、現在のユーザーは約17万人という。ただ、吉村氏の指摘のように同じツールでも使われ方や評価が分かれているのが現実だ。
サービスを提供するエンブレース事業推進チームリーダーである見藤大氏は、「MCSはコミュニケーションの補助ツールでしかなく、使われ方は七色。仕組みをつくったからといって自走するわけでも、問題が解決するわけでもない」と位置付ける。
「そもそもは『風邪をひいたらMCSをひらく』といったように患者が気軽に使えるツールとして2013年にリリースされたが、今では在宅の現場での医療・看護・介護の連携ツールとして利用が進んでいる。ただ、導入がうまくいっている地域では医療・看護・介護のリアル連携がベースにある。裏を返せば、連携がないことで導入に挫折するケースもある」。多職種連携を謳いつつ、その困難さをもっとも自覚しているといった印象である。
現状としては、MCSの導入に熱心なのは〝ホスピタリティのある医療介護当事者〟だという。受益者はあくまで患者であり、便利さを享受する以外に医療介護の関係者にインセンティブがないからだ。「むしろ患者の情報を多面的に把握してしまうことで仕事が増えるなどの不利益があると見なされ、導入に後ろ向きになる場合もある」と見藤氏は示唆する。
そこには、職種によるヒエラルキーも見え隠れする。ホスピタリティのある医師が導入を進めれば、介護関係者までの連携が進むが、介護関係者がボトムから導入の必要性を説得してもなかなか到達しないという例もあるとのことだ。
それ以前に医療と介護は同じ現場にいながら目指すゴールが異なるという問題もある。「医療は『熱や痛みや異常のあるなしを診て治療する』のが仕事であり、介護は『家族構成、生活環境などトータルに把握し人生をサポートする』のが仕事。その違いを乗り越えるには研修や勉強会などをともに重ねる他ない。栃木県のとある勉強会では、医療関係者に『介護職とは何をするのか』を伝えるレクチャーがあった。互いの職能を理解し、役割を明確化し、時間をかけて信頼関係を築くと、従事者間の連携は価値を発揮する」。その先には地域包括ケアの促進がある、と見藤氏は将来を睨む。
医療から介護までの連携が進んでいくと、内規の厳しい保健所も使い出し、地域の訪問医療介護の総和資源を分配するという未来も見えてくる。