2024年4月26日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2022年6月17日

 テレワークを始めるまで、私たちは仕事にこうした「無形の報酬」「社会的報酬」が付随していることに気づかなかったのかもしれない。(中略)このような報酬のかなりの部分が承認欲求と関わっていて、リアルな世界で得られる様々な刺激が承認欲求を満たしているのである。

 著者は承認欲求という概念を「周囲に認められたい」という純粋な欲求のほか、何らかの動機に基づく承認の願望についても含めて使っているが、その基礎的な部分を占めているのは「自分自身を知りたい」という願望であるという。自分が他人からどう評価されているか、また集団の中でどう位置付けられているかという思いである。

 これは誰にでもあるやっかいな欲求だが、それゆえにそれが「欠乏」すると、さらにストレスの原因になる、というから難しい問題である。著者はテレワークになると承認の機会が少なくなり、実際時間が経つにつれて承認不足を意識する人が増えたという。企業の新入社員がコロナ禍で研修を満足に受けられず、孤独感を感じるケースがあったことが経済界でも指摘されているが、まさに同じ構図であろう。

 一方でテレワークでは対面と違って緊張しなかったり、プレッシャーを感じなかったりするので、ふだん発言しなかった人が堂々と意見を言えるようになったという変化もある。周囲の視線を感じることなく、対面時と違って表情の微妙な変化を気にしなくてもよくなったから、という指摘はうなずける。ただ気楽さと物足りなさは表裏一体であり、著者は「緊張感やストレスを感じない環境では承認欲求も十分に満たされない」とも指摘し、複雑な側面があることも示す。

日本企業の共同体的意識を変える

 もう一つ本書で印象的なのは、「見せびらかし」というキーワードである。日本の会社組織の特性についての指摘である。そこには共同体的な側面があり、役職の序列は役割の上下関係にとどまらず、人格的な序列の色彩を帯びているという。著者はこう指摘する。

 たとえていうなら会社は観客がいる競技場のようなものだ。しかも競技場なら観客は自由に退場することができるが、会社だとそうはいかない。社員は半ば強制的に成功者の姿を見せつけられるわけである。そのような環境のなかで、出世した人は自分の「偉さ」を見せびらかし、承認欲求を満たすことができる。

 管理職の承認欲求は部下や一般社員とは異なり、自分をありのまま見せたいというだけでなく、「自分をよく見せたい」「尊敬されたい」という気持ちが出てくる点に特徴があるという。管理職が大部屋で仕切りのないオフィスを好んだり、テレワークを出社勤務に戻したりするのも共通するという。こうした承認欲求が業務効率化を妨げている一つの要素になっているという著者の指摘に共感する人も多いだろう。

 ただ、コロナ禍で承認欲求が十分満たされなくなったことは、逆に「承認欲求の呪縛」から解放され、社会システムを変革するチャンスでもあると著者は指摘する。在宅や、いわゆる「サードプレース」を含むテレワークと出社勤務を併用した「ハイブリッド型」の勤務スタイルが日本に定着すれば、人々は会社共同体の囲いから解放される。さらに、テレワークの普及と連動するように広がりを見せている副業で多くの人が「個」として解き放たれるという考えを示す。


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