2023年1月30日(月)

WEDGE REPORT

2022年6月29日

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安田峰俊 (やすだ・みねとし)

ルポライター

広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)で第5回城山三郎賞・第50回大宅壮一ノンフィクション賞をW受賞。近著に『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』。

実習生よりも劣悪な環境
「マルシップ」で働く外国人漁業者

 もっとも、ならば漁業の現場で働くインドネシア人たちの環境が、いわゆるホワイトなものばかりかといえば、そうとも言いがたい。理由は技能実習生よりも「下」に、ずっと過酷な環境に置かれた人たちが存在するからだ。ヤント船長と同じくいまや高給取りになったベテラン漁師、インドネシア・中部ジャワのペカロンガン出身で39歳のトリスはこう話す。

 「私自身やヤントも過去に経験したが、〝マルシップ〟の労働者は本当にひどい。私たちが働いた当時、月給は4万円で無保険だ。最近は月給13万円くらいまで上がったらしいが、ボーナスはないし相変わらずの無保険。食費も自弁だ。日本の漁業に関係するインドネシア人の場合『技能実習生はエリート』で、大部分はこのマルシップ労働者なんだよ」

手慣れた仕事ぶりのトリス(Soichiro Koriyama)

 マルシップとは「日本船籍で、日本の船主が船体だけを外国船主に貸し出し、外国船員を乗り組ませて再び日本企業がチャーターする船」(デジタル大辞泉)だ。

 仕組みがちょっと複雑なのだが、この方式を使えば、事実上は日本の漁船に外国人船員が乗り組むことが非常に容易になるため、慢性的な人手不足と高齢化に悩む漁業業界は助かる(日本の漁業従事者人口は、なんとわずか15万人程度であるうえ、4割が65歳以上だ)。ただ、海外と日本の狭間で運用される制度であるため、労働環境が保護されにくい構造的な問題がある。トリスは言う。

 「過去、私が他社のマルシップ労働者だったころ、沖合で後輩の目に網が入り、ドバドバ流血していて『目が見えない』と言っているのに、日本人船長は『いいから働け』と言って取り合わず、港に引き返してくれなかった。陸(おか)に戻ったのは事故から2日後。当然、労災もなにもおりなかった」

 マルシップ労働者から脱出していまや日本人以上の高給取りになっているヤント船長やトリスは、かなりのレアケースだ。

弁当をかきこむ(Soichiro Koriyama)
漁具で身体を傷つける、強風で海に落ちるなど、一歩間違えるとリスクは大きい(Soichiro Koriyama)
日本の漁業はインドネシア人によって支えられている(Soichiro Koriyama)

 インドネシア人の労働者は、ムスリムなので飲酒や賭博をそれほどおこなわず、ゆえに他国の労働者と比較してもこの手の不祥事系のトラブルは起きにくいとされる。だが、彼らの姿は、普段それほどスポットライトがあたっているとは言いがたい。いわば〝沈黙の外国人労働力〟とも呼ぶべき彼らが、海に囲まれた日本の漁業を支えている。

 
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 〝人手不足〟に喘ぐ日本で、頻繁に取り上げられるフレーズがある。「外国人労働者がいなければ日本(社会)は成り立たない」というものだ。しかし、外国人労働者に依存し続けることで、日本の本当の課題から目を背けていないか?ご都合主義の外国人労働者受け入れに終止符を打たなければ、将来に大きな禍根を残すことになる。

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