2024年6月15日(土)

WEDGE REPORT

2022年7月4日

 香港では、国安法ができる前までは毎年7月1日に大規模なデモが行われるのが恒例だった。国安法制定直後の20年は大規模なデモがおこなわれたが、21年は新型コロナ対策を理由に香港政府はデモを禁止した。

 22年は? 政府はデモを見越してデモのスタート会場であるビクトリア公園を6月24日から7月5日まで封鎖した。また、国安法の施行後、民主派団体が解散したほか、活動家らが収監されているので、デモを主催する人がほとんどいない状況だった。

デモ会場として使われていたビクトリア公園。2022年はバリケードで使用できず、人はいない

 現場に足を運ぶと、警察官がいるが、デモ活動が予定されていないこと、雨が降っていることなどで、人もまばら。警察官も雑談をしながら警備をしている有様だった。

 筆者はその中で何人かに声をかけたが「デモに来たわけではない」、「国安法があるから」ということで、ある意味当然ではあるが、ことごとく話を聞くことを断られた。唯一、40代男性になんとか話を聞くことができた。

 写真なしの、匿名で、立ち止まってインタビューすると目立つのであるので歩きながらだ。「デモは無理ですよね。自分が良くても家族にまで影響を与えかねませんからリスクが大きすぎます。抗議活動はできなくなりましたけど、多くの市民は心の中で民主を求めていますから、外国の方には表層だけで香港を判断しないでほしいです」と語ってくれた。

 公園の近くは香港有数の繁華街の1つだ。祝日ということもあり、デモ会場に人はいなかったが、買い物で街に出てきた人は雨にも関わらずそれなりにいた。デモもできないので25周年に関心を持っている人はほとんどおらず、7月1日は、数ある祝日の1つになった。

 7月1日夜には芸能人らを招いたイベントとビクトリアハーバーで毎日開催されている光と音のショー「シンフォニー・オブ・ライツ」の特別版が行われる予定だったが、19時10分にシグナル8が発令されたため、前者は収録放送に切り替えられ、後者はキャンセルというおまけがついた。1997年7月1日の返還の日は大雨だったが、結果的にそれを思い出させる天候だった。

移民が多いと言われる中、多くの香港人は香港に残る

 日本と海外のメディアは香港人の海外への移民が激増しているという記事を多く書く。移民した数字を見れば、それは事実だ。しかし、それは準備が整った人から移民するだけであり、最終的はどんなに多くても人口約750万人の1割程度、75万人が移民すればいい方だ。また、総人口のうち約100万人中国からの新移民なので、残る575万人、つまり、ほとんどの香港人は移民をせず生涯を香港で終えるということになる。

 筆者としては、移民した人の声ではなく、香港に残った人たちの声こそ紹介するべきだと思うので、その一部を紹介したい。

 ある香港人女性は「移民したいですけど、そもそもそれができるのはお金がある人達が多いです。または、移民先でも就職の心配があるから二の足を踏んでしまいます。現実は甘くはないんです」と半分、あきらめた口調で話してくれた。ある友人は「シンガポールに転勤希望を出し、会社も前向きに検討してました。家族と話し合った結果、仕事など経済的な関係から香港に残ることに決めました」と語った。

 国際結婚した場合ならでは知人の悩みはこうだ。「母国に帰りたいけど、言葉が違うで配偶者が私の国で働けるのかわかりませんし、文化になじめるのかもわかりません」と不安を吐露。今のところ母国に帰る予定はないそうだ。

 香港人男性と結婚したある日本人女性は子どもと一緒に2人で帰国する一方で、夫は香港で働き続け、それまでは(新型コロナの入国の制限は別として)香港と日本を往復する生活をすることを決めた。

 これが多くの香港市民の現実であり、移民できる人は「特権的なマイノリティー」であることはお伝えしておきたい。


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