2023年12月9日(土)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年5月16日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト、大東文化大学教授

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 香港から、人々が逃げ出している。

 香港国際空港ではいま、ガラガラの出発ロビーで、シンガポール航空のカウンターにだけ長蛇の列ができているという。いま新型コロナウイルス対策のため、香港は海外との航空路線の大半を止めているので、路線が生きているシンガポール経由で欧州や北米、豪州などに向かうしかない。そのため、シンガポール航空に人々が殺到している、というわけだ。

香港行政長官選挙でも抗議デモが起こり、未来を悲観する若者らが香港を出ている(ロイター/アフロ)

 香港では、デモが活発化した2019年の境に人口減少が始まった。長年ほぼ常に右肩上がりを続けてきた人口は、香港政府の統計によれば、19年の752万人をピークとして、21年末には739万人に下がった。今年はまだ人口統計は出ていないが、速報的な数値として出入境管理のデータを見る限り、1月から3月にかけて「出」が「入」を14万人も上回っていると報じられており、事態の深刻さは継続している。

「中国化」としての第二の香港返還

 筆者はこのほど刊行された『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)で、香港はいま「二次回帰(第二の香港返還)」と呼ばれる事態を迎えていると指摘した。

『新中国論』(平凡社新書)

 1997年が最初の香港返還だとすれば、国安法導入後に起きた事態は、香港が従前の香港ではなく、「中国化した香港」になる転換点になる恐れが濃厚である。

 それは北京の立場からすれば「真の香港返還」ということになるかもしれないが、「一国二制度」「高度な自治」という国際公約を事実上放棄したと国際社会から認識されているなかで、香港の未来を悲観した人々が移民ブームを起こしている可能性がある。

 6月末に退任する行政長官の林鄭月娥氏は在任中に、移民ブームに対し「国安法のもとで香港の安定が保証され、中国との協力関係も深まっており、香港はチャンスの時期を迎える。それでも離れようとする人は個人の自由だ」として、我関せずの態度をとっていた。

 次期行政長官に今月選ばれた李家超氏は、警察官僚出身で、国安法による民主派弾圧の音頭を取っていた人物であり、北京に受けのいい強硬派だと目されている。移民ブームを押しとどめるどころか、かえって加速させる恐れもある。


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