2024年11月25日(月)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年5月16日

香港人が海外を選ぶ3つの理由

 海外への移住の道を選んでいる香港人の動機は、主に三種類に分けることができる。

 一つ目は、国家安全維持法による「恐怖」から逃れるためだ。2019年の大規模抗議行動に参加した若者や民主派、言論活動を続けたいジャーナリストや作家の人々が、安全を求めて海外に出ている。彼らは英語が使える米国や英国、中国語が使える台湾などを選ぶ傾向が強い。

 次が、中国のゼロコロナ政策に影響を受けた香港の厳しい海外とのシャットダウンとコロナの蔓延に嫌気がさして、一時的あるいは長期的に香港から脱出する人々だ。経済的に余裕があり、かねてから海外との二重生活の基盤を持っている流動人口も含まれている。

 三つ目は、香港の未来に悲観するか現状に嫌気がさして海外移民を選ぶ人々である。実際のところ、香港社会の繁栄の維持にとって、ある意味で、最も痛手となるのは、このグループの人々の離脱であろう。自由放任のもとで生きてきた香港人にとって、習近平体制が求めるようになった「愛国」や「党への忠誠」は皮膚感覚的にしっくりくる概念ではない。

 冷酷すぎるほどの実力主義で人生が決まっていくことに逆に生きがいを感じられるようでなければ、小さく、狭く、暑い香港であえて止まっている理由はない。独立思想や民主派の運動にはそこまで強いシンパシーはないが、権力に批判も加えられないような言論の自由がない社会は窮屈で生きづらいと考える人々である。

 香港では、返還後でも、香港政府批判も中国共産党批判も、言いたい人々は言いたいように言うことができた。怪しげな中南海のスキャンダルも競馬や芸能ニュースと同じレベルでメディアが毎日のように報じていた。

 だが、香港ではもはやそういう言論は「粛清」され、中国共産党への批判が一切許されない社会になりつつある。子供の未来を考えるとそうした香港にとどまることは得策ではないと考え、別天地を求めることはやむを得ない現実かもしれない。

これまでとは全く異なる移民ブーム

 もともと中国大陸から渡ってきた人々によって作られた香港は、過去、1967年の香港暴動、89年の天安門事件、97年の香港返還などのたびに大小さまざまな移民ブームを経験してきた。過去は、そうした問題を受けていったん香港を離れても、香港の安定を外から確認したあと、いい仕事さえあれば再び香港に戻ってくる人も多かった。

 こうした人々は「回流移民」と呼ばれ、移住者の10%程度の人々が回流移民となって戻ってきている、という調査結果もある。

 しかし、今回の移民ブームは質的に異なっており、高学歴・働き盛りの人々がいったん家族を連れて移住すれば二度と戻ってこない可能性は高く、「回流移民」は生じないと多くの香港の専門家は見ている。

 香港は、もともと人口流動性が高い都市であり、移民の流出がそのまま、香港の衰亡を意味する、とは言い切れない。香港の人口が減少すれば、中国からの移動の窓口を広げれば、その減少分を埋めることは理論的に可能であろう。

 だが、英語を流暢に話し、国際ルールに親しみ、思想的にも開放的で管理能力が高く、国際社会との結節点としての香港の中核を担ってきた人々が海外に去ってしまったあと、かつてのように「ヒト・モノ・カネ」が行き交う国際金融・交易都市としての香港が成り立つのかどうかは不透明だ。

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