2024年2月26日(月)

ザ・ジャパニーズ3.0(昭和、平成、令和) ~今の日本人に必要なアップデート~

2022年8月16日

ユニコーンの時価総額で見る国力

 その国におけるスタートアップ環境を評価するとき、企業数もさることながら、その時価総額に注目すべきであると私は思う。時価総額はスタートアップの事業、すなわち彼らが提供する「これまでにはなかった新しい価値」に対する評価である。未上場企業であるから、ベンチャーキャピタルなどの資金提供社を含めた市場からの期待値と言える。一国におけるユニコーンの時価総額の合計が大きいほど、その国が世の中に提供、もしくは提案している価値が大きいことになる。その意味でも、米国の時価総額の総和は上の表1のとおり桁違いに大きいのであるが、ここに各国の人口を勘案するとまた違った景色が見えてくる。それが下の表3である。

出典:CB Insights、Worldmetersから筆者作成

 この表は、各国の一人当たりが、その国のユニコーンの時価総額にどのくらい寄与しているかを示す。つまり国民一人当たりで、どれだけの新しい価値を創造しているかを示しているのである。この表でも米国の突出ぶりは変わらないが、シンガポールは小国であるにもかかわらず、人口一人当たりが生み出している価値が非常に大きい。イギリスがそれに続き、これらトップ3とそれ以下の差は大きい。日本はと言えば、ここでも圧倒的に最下位である。米国の100分の1しかない。

 日本人はまじめで勤勉である、とわれわれは思っている。小学校の頃から学習意欲は高く、ハードな受験勉強をこなし、就職してからも長時間勤務をしながら、その合間に通信教育や資格試験などの自己啓発に励む。この「勤勉さ」は、これからも変わらないだろう。しかし上の表3が突きつける現実は、世の中に新しい価値を生み出す力が米国の100分の1しかないということなのだ。われわれは時間を費消して、睡眠時間を削って何を学んでいるのだろうか? 

 われわれのしている努力は、次世代での競争力を高める上での「正しい努力」なのであろうかと問わずにはいられない。リスクを取るというマインド醸成の前に、われわれ日本人が世界から評価される「新しい価値」を生み出せないのはなぜかを明らかにし、どのような学びのシフトをしなくてはいけないのかを考えるべきであろう。

 今回のコラムを締めくくるにあたり、それが前回の結びと同じになることに気がついた。前回は、副業解禁の話であって、本業での評価が副業での成果をも包含する社会になると、われわれの学びのスタイルも変わっていくだろうという内容であった。その際の結びが、今回にも非常に良く当てはまるので再掲したい。

 学びのシフトについては、私が過去のコラムで書いてきたことに関連している。私は第4回のコラムで日本人の受験を取り上げ、次世代を生き抜く子供に必要なコンピテンシー教育が欧米に20年遅れていることを指摘しつつ、学歴とは、「なにを学んだか・なにを社会に提供できるか」という学びの履歴であって、偏差値に呪縛された学校名の履歴ではないと書いた(『日本の受験を考える 知識詰め込みの時代はもう終わった』)。

 第7回では、我が娘のエピソードを紹介しつつ、日本社会がOpportunity(オポチュニティ)を見出す力に欠けており、それが過去30年の停滞をもたらしていると指摘した(『少女はなぜ、アメリカンドリームをつかめたのか』)。何か面白いことはないか、何か変えられることはないか、そんな目で日々の生活を送り、似たようなアイデイアを持つ人同士でネットワークを作り、自分の人生を、そして帰属するコミュニティーを豊かにしていく。それは正に起業家の発想であり行動様式なのである。

   
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