2024年2月25日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年8月25日

 日本の外交官が天安門広場で見たものは、鄧小平や李鵬ら共産党最高指導者を打倒しようとしている「民」の声であった。共産党・政府を相手にし、対中ODAなどを通じて共産党を支援し続ければ、日本政府あるいは日本も、中国の民から「嫌悪」の対象になりかねないと危惧した。

 もしかしたら中国は「共産党の中国」でなくなるかもしれない。民主化は「今後の中国の将来への流れ」ではないかと感じ、中国民間との関係を構築して対中外交を展開する必要があると提言したのだ。

メモに記載された「流血」直後の日本大使館内

 人民解放軍は6月3日深夜から4日未明、学生を守るため天安門広場手前で激しく抵抗する市民に無差別発砲し、民主化運動はもろくも崩れた。

 日本大使館政治部。防衛駐在官(武官)・笠原直樹のもとに「北京飯店」の拠点から、「天安門広場は落ち着いた模様」と連絡が入ったのは4日午前6時5分。大使館は、民主化運動観察の前線として、天安門広場に近いホテル「北京飯店」に一室を確保し、館員が連日詰めていた。

 笠原はメモに、日本大使館内の状況をこう記録している。

 「外はすっかり明るくなっていた。誰も一睡もせず、あるものは情報を送り続け、あるものは電話をとり、あるものは電報を書き続けた。解放軍は、戦車まで動員した武力を使用して、学生の民主化運動を鎮圧した。長いあいだ日中友好のために頑張ってきた外務省中国関係者たち、いわゆるチャイナサービスといわれる人達のショックは大きい」。館員たちは皆、ガックリし、こう口にした。

 「市民に銃を向けるような、こんな中央はダメだ。いつかは倒れるよ」

 「情けない。予想もしていなかった」

「農民の国」に民主化は無理と分析

 一方、外務省中国課は、天安門事件5日後の6月9日、重病説や死亡説すら出ていた鄧小平が公の場に登場したことで、混乱した事態が一応収束に向かうだろうと評価した。同時に中国の民主化問題についてこう分析した。

 「政治問題にほとんど関心がない8億の農民が政治的安定と経済的繁栄のみを追及する保守的な基盤として存在し続ける限り、中国の民主化実現は容易ではない」(中国課「中国情勢[鄧小平の登場]」89年6月10日)

 中国課は6月26日に作成した「極秘・無期限」指定の外交文書「中国情勢」でもこう記した。

 「将来の可能性はともかく、当分の間、中国における民主化要求の力を過大評価することは誤り。農民を中心に中国人の大多数は政治的自由に無関心」

 中国課は、中国は「農民の国」であり、民主化は無理だと片づけてしまった。

 天安門事件直後に外務省の作成した外交文書にはこう明記されている。

 「民主・人権より長期的・大局的見地の重視」

 「温かい目で中国側の状況を見守っていく」(「我が国の今後の対中政策[今回の事態を踏まえて]」89年6月22日、「中国情勢―日米外相会談大臣発言要領―」日付不明)。

 日本政府は天安門事件後も中国共産党・政府だけを相手にした関係を構築し、共産党を孤立させず、国際社会に中国を巻き込む「関与政策」を目指した。


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