中国の習近平国家主席は去る7月1日の香港返還25周年にあたり、疫病禍のため2020年1月末以後長期運休している深圳〜香港間の高速鉄道に乗り、香港西九龍駅に降り立った。
香港に至る高速鉄道といえば、ひと頃「中国本土との出入境手続を全て香港西九龍駅で済ませるために、本土側の出入境事務官を香港側に常駐させることは、香港の高度自治への侵犯を意味する」という議論があり、19年の衝突における一つの背景をなしていた。しかし今や香港国家安全維持法の制定によって、香港の側が異議申し立てをする余地は消えた。
習近平は、高速鉄道で中国本土と香港が結ばれていることを見せつけつつ、厳格な北京主導・行政主導のもと「愛国者が香港を統治する」原則が貫徹され、立法も司法もそれに従属することが「一国二制度」の新たな本質だと強調した。「一国二制度」の当初の前提であった、英国が残した香港の自由な法治社会を尊重しつつ緩やかに本土と香港が共存する発想はもはや存在しない。
これが「一国二制度」の必然的結果であるならば、曲折の戦後台湾史を経て自由で民主的な社会を勝ち取った台湾の人々の誰が「一国二制度」を望むのだろうか。
既に台湾海峡手前に迫った高速鉄道
しかし新疆・香港で、外界の懸念を一切意に介さない極端な弾圧を行った習近平は、台湾についても力の論理で北京本位の「一国二制度」を迫り、「中華民族復興の夢」を実現させようとしている。その象徴として、福建省から台湾海峡をくぐって台北に至る高速鉄道の着工が視野に入りつつある。
中国は、高度成長で「盛世」を謳歌するようになった2000年代に入ると、自国の発展の現状と「富強」「祖国統一」の願望に鑑み、台北に至る高速鉄道・高速道路をめぐる検討を重ねた。07年4月には福建省福州市で「第1回海峡両岸ルート・プロジェクト学術検討会」が開催されたほか、中国鉄道部と福建省は08年3月、北京と台北、雲南省昆明と台北を結ぶ高速鉄道計画で合意した。
習近平政権に入るとこの計画はさらに具体化し、16年からの第13次5カ年計画では、福州から台北への高速鉄道の2030年完成予定を明記したほか、17年2月28日に国務院が発表した「現代総合交通運輸体系発展計画通知」は、北京と台北を結ぶ高速鉄道を「十縦十横」ネットワークの一環として高く位置づけた。そして20年には、福州から台北へ向かうルートの中国側最前線にあたる海壇島・平潭までの高速道路・高速鉄道が相次いで開通した。